第16話「鳩が飛ぶのを見てみたい」
警察の事情聴取が終わったあと、同級生たちがホテルに残っている姿は見ていなかった。遅くなるのを想定して、ホテルに部屋を予約している可能性もあったけど、直感で大貫咲が一人で居ることに違和感を感じた。
「和泉、待たせなぁ」と背後から名前を呼ばれた。
振り向くと、後藤くんが少し息を切らせながら現れた。地下の駐車場に車を停めていると言われて、私は後藤くんの後について行く。もう一度確認しようと、背後をチラッと振り向いたとき、フロントに大貫咲の姿はなかった。
「ん、どうした。忘れ物か?」と後藤くんが立ち止まって訊く。
「ううん、大丈夫。行きましょう」と私は答えてから早足で歩き出すのだった。
ただの考えすぎかもしれないが、確実に大貫咲がホテルに居ることは真実。しかも、あんな事件があったあとで泊まるとは考えられない。噂話が好きで、市川夏菜子のことも悪態をついていた女だ。
もしかして今回の事件、大貫咲は何かしら関わりがあるかも。
余計なことを詮索するのは良くないけど、木島直樹が起こした犯行は三年前の出来事と繋がってる可能性は高い。だったら、私たちの同級生が関わっていてもおかしくはない。
「どうした、難しい顔をして?」と後藤くんが心配して言う。
私は首を振って何もないと答えた。とりあえず大貫咲のことは言わないでおこう。ただの勘違いかも知れないし、まずは、後藤くんの話を聞いてから話すべきか考えればいい。地下の駐車場に着くと、私たちは無言のまま車が停めてある場所まで歩いた。
年季の入った乗用車の前まで来ると、後藤くんが車のキーを出して話しかけてきた。
「和泉、遅くなっても良かったのか?その、旦那さんとか・・・・・・」
「平気。三年前に離婚してるから。娘には遅くなるって連絡済み。だから、気にしないでちょうだい」
「そっか」と後藤くんは呟いてから、何も言わず車に乗り込んだ。
私も助手席に乗って、それ以上は語ることなく黙った。ホントに古い車なんだろう。今どきカーステレオの内装に昭和の頃を思い出させる。
車内は煙草の匂いが充満していたので、後藤くんがエンジンをかけるのと同時に窓を半分ほど開けた。これまた自動ではなく手動の窓である。
「悪りぃ。煙草の匂いがキツイよな。なかなかやめられなくてよ」と後藤くんが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫。でも、後藤くんもいい歳なんだから控えた方が賢明ね」
そんな会話を交わしてから、車はホテルの外へと発進するのだった。マンションの方角を言って、車は一路帰宅への道を走る。こんな風に高校時代の知り合いと二人っきりになるなんて思いもしてなかった。
でも、今夜の出会いは普通の再会ではない。同窓会で起きた事件に大神日和の死が関係しているかもしれないから。
「どこから話そうかな」と交差点で信号待ちしてるとき、後藤くんが話し始めた。
「色々と聞きたいことはあるけど。後藤くんが話せる範囲で構わないわ」
「そうだな。離せば長くなる。でも、少なからず和泉も関係してるかもしれない。始まりは大神の死だった。知ってると思うけど、三年前の冬、大神日和は一人で寂しく亡くなった」
三年前の冬、私の中で夜の出来事として記憶していた。幼い頃から親しかった親友の孤独死。それが今回の事件の始まりなら、きっと私の知らなかった真相が隠されている。そうとしか思えない。
「大神が亡くなった夜。俺は現役の刑事だった」
真夜中の交差点で信号待ちをしてるとき、後藤くんは静かに三年前の冬の出来事を話し始めたのだった。
第17話につづく