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第79話「真夜中の飛行船」

ー最終回ー

あれから半年が過ぎた。俺もある決意をしてミホと一緒に、幸せの未来を考えて仕事を再開した。一度失ったものを信用を取り戻すことは苦難が待っている。それでも俺は一生懸命、前に進んでいた。今を一番、良いと思えるように。

あの家はどうしたのかって?結局、売りに出すことした。ローンは残っているけど、役目を終えた今、あの家に住む勇気はない。

まぁ、売れたらラッキーぐらいの気持ちだ。そんなことより、ミホとこれからのことを考える方が大切だと思う。

少しだけ残念だったのは、聖書を見ることができなかったことぐらいだ。嘘かホントか、この世で最初の聖書。どんなモノだったのか拝みたかった。

今となっては、赤潮学がどこへ隠したのか知る由もない。この奇妙で不可思議な話は終わった。うやむやで、あやふやな出来事だったけど、それで良かったのだろう。

新しい住まいは、ミホと二人で新しいところへ住んでいる。この歳で同棲は初めてのことだった。毎日が新鮮で楽しい。楽しいと思えることは気持ちが充実している証拠だろう。

俺はこれからも一生懸命に生きて、この幸せをいつまでも大切にすると心から誓った。

空を見上げては、あの真夜中の飛行船が飛んでいないか、ふと思ったりもする。たまに見かける飛行船が今でも胸をドキッとさせた。俺の中で終わったはずなのに、強烈な出来事はそう簡単に忘れることはないのだろう。

本日、俺はあの家を訪れていた。一向に売れる気配はないけれど、たまに様子を見に来てたのだ。数ヶ月ぶりの家は外観も変わらず、出たときとなんら変化はなかった。強いて言えば、庭の雑草が無駄に生えてるくらいだ。

俺は庭に回って、手入れのされていない庭を見ては、夏になったら刈ろうかと思った。少しでも見た目が良くなれば売れるかもしれない。

なんやかんや言って淡い期待はしていた。あと一ヶ月もしたら本格的な夏がやって来る。

その前に庭の手入れをしようか迷ってるところだ。炎天下の中、作業するのも大変でもあった。そんなことを思いながら、屋根の上を見上げては狛犬ちゃんが飛行船に乗っていた光景を思い返した。

あの飛行船はなんだったんだろう。

そのとき、誰かの足音が聞こえて振り向いた。売りに出してるから見に来た人だと思ったが、上下のジャージ姿にそうは思えない。キャップを被った男と目が合う。目が合った瞬間、男の口許が緩んだように見えた。

キャップのツバで目元が陰になって、良く見えない。だが、男の方は俺から視線を外そうとしない。男の風貌に何となく見覚えがあった。誰だろう。俺はこの男は知っているような気がした。

「何か用ですか?」と俺は男に向かって声をかけた。

「へへ、売りに出したんだ。あんた、アレを見て驚いただろう」

「はぁ!?あなた誰ですか?」

「もう忘れちまったか。そりゃそうだよな。俺もあんたの顔を良く覚えていない。でも、俺はあんたの驚いてる顔を想像できる。一杯食わされただろうよ。神木恵梨香がやって来たから思い付いた。彼女には感謝しなきゃ」

男から神木恵梨香の名前が出た瞬間、俺は思い出した。目の前に居る男の名前を、俺が家を買ったときの担当者で屋根裏に隠していた聖書を奪った男。名前は鋭角……

「何しに来たんだ。あんた、警察へ出頭しなかったのか?」

「そんなことはどうでも良いだろう。俺はあんたがアレを見て、どうしたのか確かめに来たんだよ。この家を売るみたいだけど、やっぱり呪いは恐ろしいよな」

鋭角の言うことが理解できない。この男は何を言っている。第一、俺はコインロッカーの中身を確かめには行っていない。それに驚いたと言うけど、中身が聖書なんて、事件が解決するまで知らなかった。

「何のことを言ってるんだ?」

「はぁ!?あんたわかってないのか!俺がコインロッカーに預けていたのは聖書でも何でもない。ただの週刊雑誌だったろ。俺の言うことを真に受けてさ。まったく笑っちゃうぜ」

「えっ!?」

「聖書なんて無い。俺が燃やして処分したからな。そうそう、そんな顔を見たかったんだよ。俺は今でも呪いは信じてる。だからあんたも早く、この家が売れると良いなぁ」と鋭角は愉快な顔して言った。キャップのツバから覗く顔は邪悪に満ちていた。

庭に唾を吐き捨てて、鋭角は庭から立ち去った。残された俺は、その真実をうまく把握できなかった。

ただただ呆然と立ち尽くすのだ。

陽気な空を見上げたき、今夜にも真夜中の飛行船が飛んでいるかも。なんて朧げに思っては落胆した。赤潮学と恵はどうしてる?何を思っているのだろうか。

何を思っているのだろうか。

これからだったのに……

俺の人生はこれからだったのに。

~おわり~

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