第18話「黒電話とカレンダーの失意」
その日の夜、僕は眠れなかった。チャコからの告白に胸が高鳴っていたからだ。
今から数時間前……
僕の予想通り、アパートの鍵を開けっ放しで外出していた。盗まれる物なんてないけど防犯上は良くないだろう。チャコは何度かアパートに来たことがあったので、着替えをきちんと持ってくれていた。お礼を言って、明日には退院できることを伝えた。
「そうなんだ。私ったらこんなに着替え持ってきて馬鹿ね」と頬を赤くして恥ずかしそうに言う。
「かえって邪魔になっちゃったね」
「平気だよ。でもありがとう。チャコには感謝してる」と僕は改めてお礼の言葉を伝えた。
「ううん。一路くんのためだから。それにこうして、また会えて話せることが嬉しい」
ハニカミながら二人して笑顔で見つめ合うと、急にこの状況が恥ずかしくなって会話が止まった。それは経った数秒かもしれないけど、きっとどこかで二人とも意識し合っていたんだろう。
元恋人同士が二人きりなることなんて、何かの前触れにも思えたから。
チャコからアパートの鍵を受け取ると、飲み物を買って来ると言って、チャコは病室を出て行った。入れ違いに、さっきの若い看護師が入って来る。花岡さんという看護師は明日の手続きの説明をしたあと、僕の方を見て痛みは大丈夫とか親切に話しかけて来た。
気さくな感じの女性で、同部屋の患者たちからも人気のある人だとわかる。
「可愛い彼女さんね。もしかして結婚とか考えてるんですか?」とチャコが持って来た着替えを見ながら花岡さんが言う。
「えっ!違いますよ。チャコは、彼女は同級生でただの友達です」
「あれ?でも、彼女さんが病室に来たとき、一路くんの彼女だって言ってたわよ」と花岡さんが真顔で言うのだった。
まさか、そんなことを言うはずがない。チャコは元彼女だけど、僕たちは三年前に別れている。それに、チャコには新しい彼氏ができたと噂で聞いていた。
「それじゃあ、何かあったら言って下さいね」と花岡さんはそこまで興味がなかったのか説明を終えると、さっさと病室を出て行くのだった。
だけど、チャコのことを彼女と聞いて何故結婚まで結びつけるのか理解し難い。
それに、何故チャコは自分が彼女だと言ったのか?それともただの冗談と思えば良いのか……
綺麗に畳まれた着替えを見つめては、三年前のチャコと過ごした日々を思い出してしまう。僕とチャコが付き合うことになったのは夏祭りの帰り道だった。うろこ雲が途切れ途切れに浮遊する空を窓から見上げて、僕は三年前の夏祭りを再放送した。
あれはカキ氷が溶けてなくなったときの、淡い恋物語だった。
第19話につづく