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第67話「真夜中の飛行船」
コインロッカーを背にして、足が思うように動かない。迫り来る黒い影に飲み込まれそうだ。リュックサックに入れた包丁を取り出すこともできず、ただただ黒い影から目を離すことができなかった。
まさか現れるなんて予想してなかった。俺の背丈を余裕で超える黒い影。ゆっくりと近寄っては詰め寄ってきた。
逃げ場のない状態で腰から地面へ落ちた。しゃがんだままで逃げることはできない。殺されるかもしれないと思った瞬間、黒い影が目の前で手のひらを伸ばした!?
腕のような形をした黒い影。見下ろした状態で手のひらが迫った。終わった、そう思ったとき、伸ばした手が肩のあたりで止まり、黒い影の顔から白い球体の目を見せた。
目と思って良いのか?それとも黒い影の正体が潜んでいるのか!?訳も分からないまま、俺はその白い球体と目を合わせて息を飲むのだった。
『タスケテ……オマエハ……ワタシタチヲ……ツナギアワセルモノ』
「なんだって、ツナギアワセルモノ!?」
『タスケテ……タスケテ……』と黒い影は繰り返して言う。
そしてゆっくりと、腕のような形をした黒い影を引っ込めて、俺のそばから離れるように広がった。まるで黒い霧みたいだ。細かい黒い粒子となると、上空に向かって舞い上がった。
その様子を見上げながら、俺はなんとか立ち上がって考えた。黒い影は俺を襲うつもりで現れた訳じゃない。何かを訴えてきた。つまり彼は味方であり、俺たちを助けたくて……
「ついていけば良いんだな!」と俺は霧状の黒い影に向かって言った。
返事こそ返ってこなかったが、俺は蝶々のように動き出した黒い霧を追いかけた。影についていけば、何かあるに違いないと思ったからだ。謎の黒い霧を追いかけながら、周りの人たちにその光景が見えてないことに気がついた。
おそらく、俺だけに見えているんだろう。
ビルの間をすり抜けるように動く影。俺は見失わないように、黒い霧になった影を追いかけた。
それはずいぶんと長い間続いた。新宿を離れて渋谷方面までついて行くと、黒い霧状の影が、ある地点でヤブ蚊のような動きで回り始めた。
その動きを見たとき、俺は一人の人物が目に入るのだった。こんな真夜中に出歩いていることが怪しい。
彼が何故、商社のビルから出て来たのか理解し難い。そう、俺の目の前を歩いていた人物は、あの不動産屋で働いている赤潮だった。
だけど、赤潮の奴はミホとコインロッカーの中身を確認しに行ったはず。それとも彼を誘わずに、ミホは一人で行ってしまったのか?いずれにしろ、彼は十分に怪しい一人と考えて良いだろう。だが、どうしてビルから出て来たんだ?
いつの間にか黒い霧状の影はいなくなっていた。それでも赤潮の所まで案内してくれことには間違いなかった。 つまり、赤潮がミホをどこかに連れ去った可能性が高くなったってことだ。
ここで彼を問い詰めても白状するのか。もしかしたら知らないフリをするかもしれない。だが、時間がないのも事実。それにその場から走って逃げられたら、正直言って追いかけるほど体力はない。何しろ俺は中年のおっさんなんだから。
だったらここは、赤潮を尾行して様子を見るしかないだろう。俺はそう判断して、赤潮と距離を保ちつつ彼の後ろをつけるのだった。
第68話につづく