第33話「黒電話とカレンダーの失意」
~三年前の夏~
葬式が終わった日から、僕の暮らしはずいぶんと変化した。変化したのは僕自身で部屋に篭っては、霧子姉さんの残したモノを貪るように食べていた。
自分を見失って、生活が乱れていくのがわかった。新聞受けに溜まったチラシは溢れて玄関の内側へ散乱している。流し台は食器が汚れたままで積み重なっていた。
数日後にはゴミ屋敷へと変わってしまうだろう。部屋の所々は埃が塊みたいに舞って、トイレから異臭さえする始末だ。そんな状況になっても生活する僕は、腐った死体みたいに意味もなく部屋の中をうろついていた。
そんな生活が続いたある日、アパートに一人の青年が訪ねて来た。
青年と言っても、年恰好は同年代のような見た目だった。黒々とした肌に笑うと白い歯が生える。
背が高く玄関先から見下ろす姿に、僕は目を逸らして青年の清潔感ある革靴に、視線が離せなかった。青年は部屋の様子を見渡してから僕の承諾も無しに、扉の向こうで待たせていた女性三人へ指示をした。
「城之内一路様、今から部屋の掃除をします。それまで婦人の家で待機してもらいます。ほんの小一時間で終わります。あと、これからの仕事についても説明させてもらいます」
青年の声は良く通る声で、テンポ良く話す感じが相手に決して不快感を与えるようなことはなかった。だから僕も、いきなりの出来事に刃向かうこともできず、出掛ける準備をして青年とアパートを出た。アパートの前に高級車と思われる車が一台待機していた。
周りの景色と車は場違いだったけど、その気品あるボディのフォルムに誰も文句が言えない威圧感さえ放っていた。青年は車のドアを開けると、僕を先に乗せて青年自身は助手席へと座った。
後ろの席から青年の後頭部を眺める。綺麗に整えられた髪の毛は、一ミリの誤差もない完璧な髪型だった。
生え際に無駄な髪はなく、襟足も同じ長さを保って美しい線を引いているみたいだ。
グレイのスーツに爽やかな顔つきは、どことなく昭和のスターを思わせる男前だ。僕が生きている世界で、滅多にお目にかかれない人種に違いない。
運転席の白髪の紳士っぽい老人は華麗に車を走らせると、住宅街をこれまたスムーズな走りで滑らすかのように進んだ。ちょっとしたカーブも遠心力を無にして、後部座席は左右に揺れることなく、心地良さだけを感じさせた。
程なくして住宅街から山側の方へ車は進むと、一本の脇道へと入った。高台の上に家があるのだろうか?
地元に何十年と住んでいるが、意外にも僕の知ってる場所ではなかった。
車の中で会話は交わされなかったけど、この突然の状況に対して恐怖は感じなかった。普通の人なら車に乗り込むことさえ拒否するところを、僕は精神状態が不安定で今の状況を深く考えることに頭が働かなかったのだ。
ゆるやかな一本道を走り続けて数分経ったとき、道が開かれて草花に囲まれた広場へと出た。後部座席から前方の方を見ると石垣に囲まれた一軒のお屋敷が目に入った。屋敷全体が露わになると、その光景に驚いて声を出すかもしれない。
実際、僕も真っ赤な屋敷を見て驚きの声が出てしまうのだった。
「城之内一路様、到着致しました。ここが赤い屋敷、瑠璃婦人のお屋敷になります」
このあと、僕の知らなかった姉さんの秘密の仕事を知ることになった。 それは奇妙で、不思議な婦人との長い長い一日になるのだった。
第34話につづく
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