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第21話「黒電話とカレンダーの失意」
打ち上げ花火に夢中な二人を残して、僕とチャコはその場から離れた。
イチゴ味のカキ氷を買って、河川敷から住宅街へ向かう。二人して笑いながら蒸し暑い夜の住宅街から人気の無い神社へ着くと、石階段の途中で手を繋いだ。
チャコが薄暗い石階段に転ばないよう手を差し出した。差し出した手を力強く握って、チャコが上目遣いで見つめた。
保育園のとき、僕たちは良く二人で神社に来ては遊んでいた。あの頃と違って、二人は大人への階段を登り、成長した姿で思い出の神社へ訪れていた。賽銭箱の後ろの階段へ腰掛けると溶けかけたカキ氷を交互に食べた。
冷えた舌先が真っ赤に染まり、大人っぽくなったチャコの唇に心は奪われていた。
悪戯っぽく赤い舌先を出して、チャコが胸元に手を置いた。そんな普通の仕草が可愛くてたまらない。林の奥から聞こえる蝉の鳴き声が鳴き止んだら、僕はこの溢れんばかりの気持ちを伝えようと心に誓った。
「ねぇ、こないだの中間テストどうだった。私は散々だったよ。ヤマが外れたって言うか、先生が教えてくれたところと、全然違う問題が出てるんだもん」
「まあ、赤点じゃなければ大丈夫だと思うよ。チャコはどうするの?」
「進学か就職ってこと?」とストローでカキ氷を突きながらチャコが聞き返した。
「そう」とチャコの胸元を見つめながら言う。
「進学かな。たぶん短大に行こうと思う。一路くんは迷ってるんでしょう。咲には就職とか言ってたけど、ホントは迷ってるの知ってるよ」
確かに迷っていたし、チャコが短大へ行くと聞いて、寂しい気持ちが胸に染みたのは間違いなかった。高校を卒業してしまったら、ますます会えなくような気がしたからだ。それに短大であろうと、僕の中で進学という道は想像できなかったから。
「ねぇ、一路くんは短大へ行くとか考えてない」とチャコが顔を伏せたまま訊いてきた。
「……本音は考えてない。この先、勉強するのも気が進まないんだ。それよりも、早く独り立ちしたい気持ちの方が強いかな」と僕は本音を口にした。
「そっか、私は一路くんが短大へ行ってくれたら嬉しいかな。だって、ずっと一緒に居たいんだもん。どこかで私と同じ短大へ行って、 今と同じように学生生活を過ごせたら良いなって、そんなふうに思ってたの」とチャコはそう言って、顔を上げて見つめてきた。
このとき、僕はなんて答えれば良かったのか浮かばなかった。だけど、自然とチャコの肩を掴んでいた。神社の周りは嘘みたいに静寂となり、あれだけ鳴いていた蝉が鳴きやんでいた。
そして僕は浴衣の帯を覆うように、そっと手を回した。嫌がる素振りも見せないチャコは、じっと見つめたまま黙っていた。そんな彼女へ、僕は囁くように気持ちを伝えていたんだ。
「チャコのことが、ずっと好きだった」
それ以上の言葉はなかったし、それ以上の言葉は思い浮かばなかった。僕たちは二人っきりの空間を望んだ時点で、こうなることをどこかでわかっていたかもしれない。そして赤い舌先が見えなくなった唇へ、僕はそっと唇を重ねるのだった。
チャコの手の中で氷いちごは溶けて、カップの底で淡い赤色になっている。
まるで僕たちの頬のように……
真夏の夜、僕たちは人知れず想いの中でお互いの気持ちを唇で伝えた。
第22話につづく