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第35話「蛇夜」
日比野鍋子の周りを埋め尽くすように蠢いてる蛇の大群。その光景は異様で恐ろしかった。雫のことが気になってしまう。袴田美玲は無事に返すと言っていたが、そんなの保障されたと言えない。現に雫は居なくなり、僕の目の前から消えた。
どうすればいい。このまま謎の儀式を見てるだけ。それとも雫を探しに行った方が良いのか?
悩んでる時間があれば、今すぐ行動しなければいけない。万が一、雫の身に何かあったら……
「草餅さん、動かないで!雫さんのことは心配しないで、今は集中して儀式を見届けるのよ。私を、私を信じてちょうだい!」とまるで、僕の心の中を読んでるみたいだ。美玲さんはそう言って、僕の肩に寄り添うに触れた。
ゴクリと生唾を飲み込んで、僕は呼吸を落ち着かせた。今は彼女を信じるしかないと言うなら、最後まで見届けてやる!
このあと、何が起ころうとも……
周りを取り囲んだ蛇たちが、徐々に狭めてくる中、日比野鍋子は尚も奇声を発していた。いつまで続くのか、そして日比野鍋子の足元に置いた布袋は何なのか!?
「もうすぐ、もうすぐ現れるわよ。村の神様でもある蛇苺様が」と美玲さんが呟いたとき、目の前の光景が変わった!
ヘビイチゴ?
ヘビイチゴって言ったのか!?
蛇の大群が蠢く中、日比野鍋子が奇声をやめた。すると、蛇の大群が膨れ上がり、中から全長何メートルあるのか想像もつかないほどの大蛇が姿を現した。
そのとてつもない大きさに、僕は目を大きく見開いた。圧倒的な大きさと、毒々しい鱗に足が震える。赤い目に頭部から突起物が左右に生えていた。
あんなのに睨まれたら、一瞬で死を覚悟してしまう。正直言って、この世のものじゃない。逃げ出したい気持ちになってしまう。だが、隣で美玲さんが口許に笑みを浮かべて鑑賞している。
この儀式の結末を知っているかのように。
だったら、逃げるわけにはいかない。そう思って、目を開いて日比野鍋子の様子を見た。すると、日比野鍋子が突然、着ていた着物を脱ぎ出した。真っ白な裸体が月明かりに照らされて、その目の前で大蛇が鼻息を荒げた。
「今宵、蛇苺様に捧げる生贄をお持ち致しました。今から数十年前、この生贄は儀式を見てしまった。だから、生贄として選びました。さあ、受け取って下さい。そして、私の願いを叶えて下さいませ!」
今、日比野鍋子は選んだと発言したのか?美玲さんと同じようなことを言ってる!?
選ぶとは生贄のことを示すのか!
大蛇を目の前にして、日比野鍋子は足元の布袋の結び目を解いた。僕の位置からは日比野鍋子の背中で見えない。思わず身体を伸ばして、中身を見ようとしたとき、美玲さんが肩を掴んで静止させた。
黙って、見届けろと言いたいのか?それとも僕も生贄なのか!?
急に不安になり、僕は足元の草を握りしめた。そのとき、目の前の日比野鍋子が布袋の中身を持ち上げた!月明かりに照らされたモノ。それは恐怖に歪んだ顔の男の生首だった!
まさに生贄とは言ったものだ。名も知らない男の生首を捧げる日比野鍋子。その顔は恍惚の表情で、大蛇の前に差し出した。すると、大蛇は臭そうな鼻息を荒げて、人間を一口で丸呑みできるほど口を開いた。
鋭く尖った牙から唾が糸を引く。そして、ゆっくりと男の生首に向かって近寄った。
大蛇は日比野鍋子の手から器用に男の生首だけ、二股に分かれた舌で巻きつけると、大きく開いた口の奥へ吸い込んだ。
いとも簡単に丸呑みをして、喉仏のところが膨らんだかと思えば、一気に胃袋へと運ばれた。
「さあ、蛇苺様に生贄は捧げたわ。あとは、彼女の願いが叶うかどうかね」と隣で美玲さんが言った。
日比野鍋子の願い。それは一体、何なんだ!?
蛇苺様と呼ばれる大蛇は男の生首を味わい終わったのか、周りで蠢く蛇たちの群れの中へ沈んだ。あれだけの大蛇を覆い隠す蛇。そして、ゆっくりと日比野鍋子は地面に座り込んだ。
すると、周りの蛇たちが一斉に四方八方にバラけた。まるで砂鉄が磁石に反発するように散って行く。やがて、全ての蛇たちが黒土山へと帰った。
大蛇の姿もない。神社の前に残されたのは、日比野鍋子ただ一人。
素ッ裸以外は、彼女自身の変化は見受けられない。ただただ、夜空を見上げてる目は虚ろだった。今から彼女の望む願いは叶うのか?
僕は固唾を飲んで、様子を見守り続けた。静寂な空間に山々から、獣の鳴き声がささやかに聞こえる。
地面に座り込んだまま、日比野鍋子は動かない。いつまでこの状況は続くのか?そう思ったとき、彼女が呻き声を出して苦しみ出した。
肩を震わせて苦しんでるようだ。助けに行かなくて良いのか、このまま黙って見届けろと言うのか!?
真夜中の黒土山で行われる儀式。その終着点が見え始めようとしていた。
第36話につづく