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第27話「蛇夜」

美女からの御酌を断るなんて、僕には到底無理だった。基本的、美女に弱い男なんだと自分自身でわかっている。例え既婚者だからと言って、一夜の過ちは多少なりとも経験している。


袴田美玲から神話を聞かしてもらおうとしたとき、彼女の方から晩酌しないかと誘われた。出会った場所が場所だったので不思議な縁を感じたらしい。

だから、冷酒を勧められるままに頂戴することにした。地酒の冷酒とおつまみのハムの燻製は相性バッチリで、気付けば四杯目の冷酒であった。

しかも、彼女からの御酌となれば断るなんて考えらない。おまけに浴衣から覗く谷間が気を緩くする。当初の目的さえ忘れそうだ。これじゃあ、雫に文句を言える立場もない。


改めて、お互いに自己紹介を終えたあと、東京での暮らしのことや、どんな仕事をしているのか聞けた。やはり年齢は三十代後半らしい。正確な年齢はご想像にお任せしますと言われた。

三十代後半に見えなかったし、日本美人な顔は大人っぽさと、時折見える愛くるしい笑顔で若くも見えた。


「へえ、大手銀行じゃないですか。僕らの時代もそうでしたけど、若干就職氷河期に入る手前でしたよね。さすが美玲さん、優秀だったんですね」


「そんなことないですよ。大学も三流でしたし、運良く受かったようなもんですよ。まあ、親は喜んでくれましたけどね」


「いやいや、胸を張って良いですよ」僕はそう言って、美玲さんに御酌をした。


僕が来る前から呑んでるはずなのに、美玲さんは酒が強いのか、まったく顔に出ていなかった。僕が一杯を飲む前に必ず飲み干している。これじゃあ、僕の方が先に酔い潰れそうだ。


「ところで草餅先生は、何故こんな田舎に来たのですか?黒土山なんてマイナーな山ですよ。地元の人間しか近寄らない山ですけど。もしかして、次回作の場所が黒土山とか?」と美玲さんが顔を傾けて聞いてきた。長い髪の毛が顔にかかる。その表情は色気たっぷりで僕をドキッとさせた。


「いやいや違いますよ。ちょっと知人から頼まれて取材をしてるだけです。まあ、少し妙な話なんですが聞きたいですか?」


「是非聞かせて下さい。もしかしたら私を小説に出してくれるかもしれませんよね」美玲さんそう言って、自然な仕草で胸元を手で押さえた。まるで胸元を注目させようとしてるみたいだ。


「だから、次回作の題材じゃありませんよ」


どうやら本気で次回作の場所が、黒土山だと思われてるらしい。そもそも僕の小説で現実の場所は登場させない。あくまでも、架空の場所や登場人物を出すとルールで決めていた。


「先生、もう一本飲みますよね」と空になった冷酒を手に持って揺らす。


彼女は立ち上がると、部屋の電話の前に座ると内線電話で冷酒を注文した。ペースが早いと言うか、結構な酒飲みなのか、彼女は相変わらず顔に出ていなかった。

まだまだ飲めるのかもしれない。内線電話で会話する彼女の後ろ姿を見ながら、僕は白い生足に見惚れていた。

ついつい、浴衣越しのお尻へ視線が移る。露天風呂では肩から下は見えなかったけど、スレンダーな身体は想像できた。久しぶりに魅力的な女性と出会った。


「はい。それではよろしくお願いします」と美玲さんが、宿屋の人と会話を終えて電話を切った。


そして、彼女が振り向いた瞬間。


「草餅さん、あなたは私に選ばれましたよ」と美玲さんが僕に向かって呟いた。


選ばれた!?


今、選ばれたと言ったのか。袴田美玲の意味不明な言葉。そして、僕が選ばれたとは?


第28話につづく

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