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第14話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

鯨が潮を噴くように、僕は穢れの知らない手のひらへ白い液体を飛ばした。引くに引けない糸が絡むように張っていた。寒い空気がまとわりつくように僕の身体を包んだ。


官能的な出来事を語るには、幾つかの通過点が存在していた。一つは彼女と僕が好奇心を比重にしたこと。二つ目は僕と彼女が出会わなかった真実。それは数時間後に訪れる真実である。これから行われる大人の成人式で存在を知るのだった。


桃香はすれ違ったと言っていた。それが僕の耳に入ることはなかった。そんな余裕もなかったし、冷静沈着な僕はそこに存在していなかった。目の前に映る胸のビジョンが思考回路を狂わせていた。


ここに来るまで、僕はあの言葉を当てはめていた。


潮彩の僕たちは宛てのない道を歩くーーと考えた。そんな風に思ったのだ。それは普通とは違う通過点を経験してからの僕たちである。決まり事を守ったとか、守っていないかは誰にもわからない。

それでも守らなかった者には大人の災いが下されると、保育園の恩師である千夏先生は言っていた。


トイレで用を済ませて、僕は化粧室の鏡に映る自分を見つめていた。大人時代は鏡に映る今と変わっているのだろうか。それとも変化なく大人時代の幕開けとなるのか?

もちろん鏡の僕は答えない。同じ顔をした僕が映っているだけ……


無意識に溜め息をしたあと、僕は手を洗ってトイレから出た。静まり返った廊下に溜め息を食糧にした闇の住人が潜んでいるような気がした。僕だけが知っている闇の住人。きっと桃香も知らないだろう。


僕は、戻って来るかもわからない桃香を待つことにした。少し寒気を感じながら、元に居た場所へ戻ろうと歩き出した。すると、遠くに居る桃香の姿が見えた。

内心、ホッとする自分がいた。もしかしたら帰って来ないかもと考えていたからだ。


トイレから出て来た僕に気づいた桃香は、一瞬、さっきまで居た場所をチラッと見てから早足でこっちへ向かって来た。僕が立ち止まると、桃香は手招きしながら近寄り、息を少し乱して話しかけた。


「海ちゃん、さっき居た場所に女の人が座ってるの」と内緒話のように声を潜めて言った。


「そうなんだ。誰だろう。成人式に来てる人かな?」


「わかんない。晴れ着じゃなかった。私服っぽい格好をしてたわ」桃香はそう言って僕の手を掴んで引っ張った。


さっきの場所と、反対方向へ引っ張る桃香。僕はされるがままについて行った。誰かに見られたくないのか、桃香は非常階段まで連れて立ち止まる。


「ねぇ、しばらくここで隠れよう」桃香は口元に笑みを浮かべて言った。


非常階段に続く扉は開けられて、僕と桃香は冷たい空気を連れ出すように中へ移動した。音もなく閉まる扉の向こう側で、僕は大人時代を踏み出そうとしていた。


第15話につづく

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