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第29話「真夜中の飛行船」
ワイングラスの底が見えなくなるのはまだ先のこと。二本目のワインを注いで、頬の赤くなった恵を見つめた。
まったりとした時間がゆっくり流れる中、真夜中の飛行船は現れる気配もない。
今夜は来ないかもしれない。それでも二人は関係なかった。時間が流れる中、お互いの気持ちを確かめるにはちょうど良かったから。
「一度死んだ?」
「ああ、俺は一度死んでるかもしれない。そもそも首を吊ったら、死ぬのが当たり前。目覚めたら首を吊っていたのは事実で間違いない。だったら俺は一度死んで、違うカタチで生まれ変わったと考えてもおかしくない」
「アオグはそれでどうしたいの?」と恵が興味津々な顔して訊く。
「人生をやり直すんだよ。いつまでも今の仕事が続けられる保証もない。だったらこれをチャンスだと考えて、選ばなかった選択をするんだ。別に過去に戻りたいとかじゃない。今を満足していないから考えたんだ」
「それって、私も誘ってる?」と恵が訊いてきた。
「話をしようとは思ってた。でも、具体的なことは決まっていない。大まかな計画を立てたんだ。それがホントに成功するのか保証もない。だから、恵を誘わないかと言えば嘘になる。本音は誘ってると思ってくれば良い。でも、最後に決めるのは恵自身だろ」俺はそう言って、掘りごたつから出るとベッドの下へ移動した。
上を見上げて、柱からぶら下がってる縄を見つめた。これから何を行うのか、それを見てから判断しろってこと。恵は何かを感じ取ったのか、ゆっくりと掘りごたつから出て、俺の正面に立つのだった。
「俺は今をやり直したい。今をやり直して、新しい自分を確認したいんだ。それからだと思ってる」
「見せて……」と恵が目を逸らさずに呟いた。
「ああ、わかった。それじゃあ、椅子を持ってきてくれ」
俺の言葉に恵は何も言わず頷いた。そして、部屋の隅に置いてあった丸い椅子を手にして俺の足元にそっと置いた。
良い具合に酔った俺は、少しフラつきながら椅子の上に立つと、縄を円状に結んで用意した。説明するより見てもらった方が早い。俺自身が気付いた秘密。
それは……
無言が漂う部屋の中、俺は恵を目の前にして円状に結んだ縄へ首をかけると、ぶら下がるのだった。
次の瞬間、俺は当たり前に起き得る出来事を覆した。世界のどこかで不思議なことが起きる。それを見届けるのは昔の恋人であり、これから一緒に生きようと誘う女でもあった。
もうこれで、後戻りはできないだろう。
第30話につづく