第11話「黒電話とカレンダーの失意」
僕たちが林の奥へと歩き出した瞬間、草むらの下で虫たちが一斉に鳴き始めた。音色に包まれた空間は心地良いリズムで肌を触り、不思議とロマンチックな心へ変化させる。
きっとロマンチックになっているのは僕だけかもしれないけど、目の前を歩く彼女の姿に心を奪われているのは間違いなかった。
姉さんみたいな雰囲気を持った彼女。
一体、何歳ぐらいの人なのか?見た目は同い年ぐらいに見えるけど、落ち着きのある話し方やたたずまいではわからない。だけど年下とも思えない。もしかしたら、姉さんと同い年か僕よりも一回り違うかもしれない。
そんなのは想像であって、彼女に聞けばすぐにわかるはず。
名前を知りたいな……
心の中で話したいことを口にしながら、黙ってついて行く。黙っているだけじゃ何も前に進まないよ。
幼い頃、姉さんが僕に良く言っていた言葉だ。そんなのわかっていたけど、黙る方が楽な場合もある。臨機応変に生きることまで否定されたら僕の個性は失ってしまう。
もしも姉さんが生きていたら、僕はそう言って反抗していたかもしれない。
「もうすぐ着きますよ。昨日の夜、偶然にも見つけたの。私、動物好きだから」と彼女が少しだけ後ろ振り向いて言った。
「動物?」と名前の知らない彼女へ聞き返す。
「あ、ここからゆっくりついて来て下さいね」彼女はそう言って、上半身を少し屈んだ。
僕も彼女を真似て、歩むスピードを落として屈んだ。一体、彼女は何を見せたいんだろうか?草むらを慎重に掻き分けながら、林の奥へ奥へと僕たちは突き進んだ。
すると、ひらけた場所に出て来ると、彼女は振り向いて唇の前に人差し指を立てた。
「静かにゆっくりこっちへ来て」
林が円卓に切り取られたように広がる場所だった。僕の腕からすり抜けるようにマロンが大地へ降りる。その着地は見事で、足音が一切聞こえなかった。僕はゆっくりと彼女の隣へ移動して切り取られた空間を見上げた。
月明かりが無数の束となって射し込んでいる。光の空間を泳いでいるみたいだ。彼女は無言のまま、真っ白な細い腕を林の方へ指差した。
しんと静まり返った円卓の向こうに、闇が潜んでいるだけじゃないのか?彼女の指差す方向を見ては思った。
そのとき、林の闇から梟の鳴き声が耳に聴こえてきて来た。彼女が見せたかったのはこれだったのか、僕は自然と梟の鳴き声に耳を澄ませてみた。
周りの空気へ震えて伝わってくるようだ。こんなにも静まり返った円卓に、光と梟の鳴き声は心を癒してくれるようだった。
「なんだか神秘的でしょう。たぶん一番背の高い木の上で鳴いてるの。ずっと気になって、あなたと出会ったとき、私は偶然にもこの場所を発見したのよ。きっと、梟があなたと私を結びつけたと思うわ」
「えっ!?」と彼女の言葉に驚いて、僕はゆっくりと隣の彼女を見た。
潤んだ瞳で見つめる彼女の顔が近くて驚いたけど、その吸い込まれるような瞳に頬が熱くなっていく。彼女がどんな意味を込めて言ったのかはわからなかったけど、僕はこのロマンチックな夜に、いつまでも包まれていたいと思うのだった。
第12話につづく