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第22話「黒電話とカレンダーの失意」

 夏祭りから数ヶ月後、僕たちは初めて結ばれた。お互いに初めての経験でキズナが繋がる瞬間でもあった。

 そして物語は現代に戻った……

 冷暖房の効いた病室は快適で、同部屋の患者たちが思い思いに過ごしていた。飲み物を買いに行くと言って、なかなか帰って来ないチャコを待ちながら思い返した過去。

 三年前の夏祭りから、僕はチャコだけを想いながら生きていた。それは至福の時間が流れては繰り返される日々だった。あの人が怪訝そうな顔をしていたけど、そんなことさえも忘れるようなチャコとの恋路。

「ごめん、待たせたね」とチャコが飲み物を手にして戻って来た。

「ううん。平気だよ」と僕は思い出をそっとしまった。

「一路くんはアイスコーヒーで良かったかな」とチャコが缶コーヒーを渡した。

 僕はそれを受け取ると、チャコの顔をまっすぐ見て訊いた。看護師の花岡さんに言った言葉の意味を。するとチャコは、顔をそらして窓から見える風景へ視線を移した。昔から困ったことがあると黙ってしまうクセ。

 出会った頃から変わっていないチャコのクセだった。

「……冗談だよね。違うの?」と僕はチャコを問い詰めた。

 いや、問い詰めるつもりはなかったけど、チャコの態度が明らかに違っていたからだ。冗談なら冗談で良い。

 でも違うって言うなら、それはそれで意味は変わってくるから。

「あのね。三年前、一路くんのお姉さんが亡くなって大変だったでしょう。だから言い出せるタイミングが無くなって……」

「どういうこと、姉さんが亡くなったことが関係してるの?」

「関係してると言うか、あの夜から一路くんは何かに恐れて、殻に閉じこもったよね。だから私……」とチャコはそう言って、指先を窓硝子に触れた。

 触れた指先をスゥーと下へなぞって、顔を伏せたまま唇を噛みしめるように黙った。そんなチャコの横顔は、悲しみのある陰に浸っているようだった。ミルクに浸りすぎたパンが嫌いなら食べなくて良い。でも、ただの食わず嫌いならば、案外食べたとき美味しいかもしれない。

 僕の中で姉さんの言葉が肩を押してくれたように、僕はベッドから起き上がると窓際のチャコの隣へ並んだ。

 夏祭りのあと、二人っきりになった神社で僕はチャコの肩を抱いて歩み寄った。そんな光景を重ねるように、僕はチャコの肩へ触れた。

「三年前の僕はここにいない。今は今の僕だけだよ。チャコ、僕に言えなかったことを教えて?」

 チャコの肩に触れた手に、彼女はそっと自分の指先をおいた。窓ガラスに映った僕たちは、三年前と変わらない姿を映してるみたいだった。

「あのね。私、三年前に一路くんと間にできた子供を産んでるの」

 肩に触れた手が小刻みに揺れた。僕はチャコの横顔を見つめたまま何も言えなかった。

 第23話につづく

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