第36話「真夜中の飛行船」
話すつもりはなかったんだけど、隠し事ってのは言いたくなるのが人間なんだ。知り合ったばっかりの女に、俺は数週間前の出来事を遡りながら話してあげた。
きっと俺のことが怖くなって、すぐに帰るだろうと予想していたが、なんと神木恵梨香は少し変わった子なのか、眼鏡の奥で目をキラキラさせて笑っていた!
逆に怖くなったのは俺の方だった。
「な、なんてミステリアスなの!信じます。わ、私はその話を信じます。面白いって言ったら失礼ですけど、その、あの……、諸星さんが迷惑じゃなかったら、是非とも家に行きたいですけどダメですか!」と神木恵梨香が興奮しながら言って来た。
あれだけボソボソ話す女だったのに、テンションを高くして声もデカくなっている。オタクっぽいと思ったが、ホントにこんなオカルト話が好きなんて驚きだ。
「諸星さん、どうなんですか!」
「えっ!?もしかして、今から来るつもりかい?」
「もちろんですよ。こんな話を聞いたら居ても立っても居られない。大丈夫ですよね」と神木恵梨香は行く前提で言うのだった。そんな彼女に圧倒されたのか、俺は思わずオッケーと言ってしまうのだった。
「ありがとうございます!ここは私が払うので行きましょう」とテーブルの伝票を手にして、彼女はその場から立ち去った。
俺は一人残されて、目の前の食べかけのオムライスを眺めては何も言えなかった。
心の中では、相手がせめて食べ終えたから行くもんだろうと。これで、神木恵梨香が空気を読まない女と確信するのだった。
ファミレスの出入り口で、彼女は急かすように早く早くと促す始末だ。眼鏡の奥で目が輝いている。そんな彼女に文句も言えず、とりあえず奢ってもらったのでお礼を言って、俺は先頭を切って自宅への道を歩いた。
歩いて十分ほどで到着するけど、腕時計で時刻を確認したら、まだ午後七時を過ぎたばかりだった。話の流れから家へ招待することになったが、頭の中によぎったのは狛犬ちゃんのことだ。
このあと何も無いとしても、家に女性を上がらすことは抵抗があった。しかも狛犬ちゃんの知らない女で、年齢は聞いていないがおそらく若い女。
二十代前半っぽい女を、安易に家へ上がらせてバレたりしたら……
出版社の仕事は終わるのが遅いと決まっているが、万が一早く終わって、突然来る可能性もあり得る。
そんなことを頭の中で考えていたが、自分の家が見えたとき、狛犬ちゃんが来ないことを願うのだった。
第37話につづく
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