第7話「世の中はコインが決めている」
勤務先の駅に到着すると、改札を出て商店街の方へ向かって歩いた。僕たちが働いてる工場は駅から少し離れた場所にあった。
五年前、この街を訪れたとき、僕は電信柱に貼られていた求人広告を見て工場の存在を知った。
そう、今から五年前になる……
「初めまして、店長の阿弥陀と申します」と短髪の男性が自己紹介をしてきた。
電信柱に貼られた求人広告を見て数日後、面接を受けていた。雑居ビルの六階が面接会場で殺風景な部屋に通された。阿弥陀(あみだら)と名乗った男性が面接をしてくれた。
「鳥居はじめ(とりいはじめ)さん。早速なんですが、どうして当社の面接を受けてみようと思ったんですか?」と阿弥陀が履歴書に目を通しながら質問した。
「あの数日前、電信柱に貼られた求人広告を偶然見まして、そこに書かれていた単独で行う作業ってところが僕に合ってるなと思いまして受けに来ました」と僕は素直に答えた。
「なるほど、当社は確かに単独でする仕事ですが、秘密主義というところは気になりませんでしたか?」
秘密主義というのは、広告の隅っこに小さな文字で記載されていたものだ。しかも会社名もなく契約社員募集という案内だった。確かに秘密主義と記載されていたら気になるだろう。だけど、そこに関して僕は気にならなかった。
単独で行う作業というのが気に入ったからだ。人見知りではないが、へんなところで人間嫌いがあって、いろんなバイトを経験してるが上手くいった試しがない。
だからこそ、この名もない会社で働こうと思ったんだ。それに契約社員なら責任もない。ただクビを切られるリスクはあるけど。
「特に気になりません。一人でコツコツする仕事は苦でもないですし、秘密主義というなら従うべきでしょう。もしも雇ってくれるなら僕は努力して働く意思があります」
「鳥居さん、あなたは当社がどんな仕事なのか聞かないんですね?」と阿弥陀が上目遣いで訊く。
「働いたらわかることです。働く意思があるので必要ありません」と僕なりに力強く答えた。
「わかりました。鳥居さん、あなたを採用します。大変気に入りました。是非、ウチで働いてもらいたい。よければ明日から来て下さい」と阿弥陀が突然、採用と言ってくれた。
今の会話で何が良かったのか不明だったけど、僕は面接に受かった。とにかく早くも仕事にありつけたのだ。
明日から仕事だったので、僕は阿弥陀から資料を受け取ると部屋を後にした。
後に受かった理由を聞いたのだが、面接の時点で、仕事内容を聞いてこない者が採用されるらしい。それを聞いて、僕は自分の性格に感謝した。基本的に他人に対して関与しないところがあったからだ。
こうして僕は名もない会社で契約社員として働くことになった。それが今から五年前の話……
商店街を抜けて歩くこと数分、僕たちの働く工場が見えてきた。路地裏へ入り、民家に囲まれた殺風景な空き地の一角に建つコンクリートの建物。僕と正論くんはドアの前に立つと、頭上の防犯カメラに向かって顔を見せた。
すると鍵の開く音がカチャとして、ドアが自動的に開いた。僕が先に入り、正論くんが後に続く。建物に入るときは、必ずこんな風にチェックされるのだった。
さぁ、今日も仕事が始まろうとしていた。だけど、頭の中で正論くんから聞いた話が気になっていたのだった。
第8話につづく
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