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第16話「黒電話とカレンダーの失意」

 二人だけの秘密と約束を交わしたあと、僕たちは屋上へ向かった。月乃さんの好意で屋上に行くことを許された。本来なら患者が屋上へ行くことは絶対に許されないけど、僕は特別に許可された形になった。

「オッケー、来ても良いわよ」と月乃さんが階段で待機している僕に向かって言った。

 月乃さん曰く、一日の中で昼過ぎから三時までの間は人の出入りが少ないということ。月乃さんに続いて屋上へ上がると、予想以上の広さがある屋上だとわかった。患者が使用する洗濯物が干されており、真っ白なシーツが風で揺れていた。

 空を見上げると、うろこ雲の群れが行進するように流れていた。遠くの空は霞みがかった雲間が切れ切れに浮いている。月乃さんが柵の手前で伸びをして、気持ちの良さそうな横顔を見せた。

「一路くん、足の方は痛まない?良かったらあそこのベンチで座ってる」と月乃さんが振り向いてベンチの方を見た。

「大丈夫です。足は痛くないし、風景を眺めてる方が気も楽ですから」と僕も柵の手前まで歩み寄った。

「そう、たぶん明日には退院よ。骨折で済んだから、しばらくは通院になるでしょうね」

「それなら良かった。入院が続いたら困ると思っていたんで」と僕はそう言って、看護師姿の月乃さんを眺めた。

 あの艶のある長い黒髪を後ろで束ねる姿。背丈は僕より少しだけ低いけど、凛としたたたずまいは彼女の透明感に合っていた。それに清潔感ある薄化粧が、彼女の整った綺麗な顔を際立てて、魅力ある雰囲気を漂わせている。

 そんな月乃さんを見るたびに、真夜中で出会ったとき心を奪われた気持ちが蘇るようだった。今度会ったら気持ちを伝えようと思ってたけど、こんな風に突然の出会いは勇気だけじゃ、その想いを伝えるなんて到底無理なんだと思えた。

「あの月乃さん。今度会ったら聞きたいことがあったんですけど、その、もし良かったら聞いても良いですか?」

「何かな?聞いても良いけど、私が困らないような質問にしてね」

 屋上で二人っきりになった僕たち。ゆるやかな風が吹いては、干されているシーツがバタバタと揺れていた。

 想いを伝える前に、僕はどうしても聞きたかったことを質問した。

 真夜中の彼女が言った、あの不思議な言葉の続きを聞くみたいに……

 そして僕は、口許に微笑みを浮かべた彼女へ言葉を紡ぐのだった。

 第17話につづく