第3話「アネモネ」
世界は便利な世の中になっている。誰もが検索して秘密や謎を知ることができる。誰だって知られたくない秘密があるけど、他人から暴かれては苦しみを笑いの種にされてしまうのだ。それが真実じゃなくても、確認した人間から身勝手に確定という烙印を押されるようなものだった。
「あくまで私は真実か真実じゃなくても、閲覧することが許せないのよ」
「それはそうだけど、ネット社会なんて無法地帯じゃないか。誰にも防ぎようもないよ」と僕は正論を伝えたつもりだったけど、彼女は納得のできない表情を浮かべた。
参考程度に聞くんじゃないのか。何も討論するつもりはない。それに今日の目的は『無言の交差点』を確かめるために付き合ってる。本来の趣旨がズレるのは嫌だった。
話を聞いてあげるつもりだったけど、心の中で面倒だなと思ってしまう。よく考えたら『無言の交差点』だってネットで検索すればわかるんじゃないのか?
「カルマは信じるものが多ければ多いほど、それがウソの答えになるって言ったの」
「それって僕の意見と変わらないよね」
カルマと変わらない意見と言えば、樹里が納得すると思ったからだ。いつの頃か、彼女はカルマの言葉に対して納得するところがあった。僕とカルマでは何かが違う。説得力の差なのかもしれないけど、一言に重みがあるように思えた。
見た目の問題かもしれないけど、僕の言葉は軽いんだろう。
コーラフロートが底をついて、無料の水を何杯おかわりしたの覚えていない。樹里はクレーマーのように内容が二転三転と変わっては話を続けた。いい加減にしてほしいと僕が言ったとき、彼女は我に返って店内を見渡すのだった。
「ごめん。調子に乗ったかもね」と樹里が目を潤ませて言う。
涙を溢したわけじゃない。悲しくて嘆いたわけでもない。彼女が目を潤ませた理由はわかっていた。だからこそ、僕は何も言わずに席を立つのだった。伝票を手にして、本来の目的を確かめるために店を出ようとした。
これで樹里が帰ると言い出したら、今日一日は無駄になってしまうだろう。店員が僕たちの座っていた席へ向かったとき、樹里が背後から僕の腕をそっと掴んだ。
強くもなく弱くもない力で掴んでいる。僕は歩く速度を緩めながら、樹里の顔を思い浮かべるのだった。少し言い過ぎたかもしれなかったけど、きっと僕たちはまだ忘れることができないでいた。お互いにその気持ちを知っているから、ほんの些細なことでぶつかっては振り返るのだろう。
喫茶店をあとして、僕たちは並んで歩くまで時間がかかった。不思議な関係でもあり、何ら不思議な関係でもない。友達と言うよりは知り合いみたいな関係なんじゃないのかな。
お互いに見る範囲は広いようで、狭い範囲の中をもがく様に泳いでいる。どこかのタイミングで指先が触れたとき、僕たちはお互いの存在に和んでは気付くんだ。
「あ、着いた」と樹里が立ち止まって呟くように言った。
駅から数分歩いた場所は古い家の建つ住宅街だった。人通りの少ない道を歩いた先に、僕たちの目的でもあった、『無言の交差点』が無風の漂う雰囲気の中、目の前に現れたのだった。
第4話につづく