第18話「蛇夜」
異様な雰囲気で女性たちはお供え物を前にして正座する。月明かりに照らされた顔が怪しく光り、俺の祖母だけが正座する女性たちの前に立っていた。
鎌を左右に振っては祈祷する。鎌を祈祷に使うなんて気味が悪い。風を切る音が耳に聴こえて、その異様な雰囲気に飲まれそうになった。
ブーン、ブーンブーン……
俺の横で鍋子が密着するように腕を掴んできた。どうやら怖がっているみたいだ。一心不乱に鎌を振る祖母の姿は家で居るときの祖母と全く違う顔をしていた。
ある種狂気すら感じるのだ!
「なあ、夢川くん。ウチ帰りたい」と俺の肩を揺らしながら、鍋子が声を震わせて言う。
怖いに決まってる。俺は未来からやって来た大人の俺だけど、鍋子は小四の女の子だ。だけど、もし何かあっても守れる自身はあった。所詮、相手は高齢者とおばさんたち。
それに、鍋子には悪いけどここまで来たらこの目で確認したいのが本音だ。
「鍋子は俺が守ってやる!せやから心配せんでええ。女の子を守ってあげるのが男の役目やろ」俺はそう言って、鍋子を引き寄せて肩を抱きしめた。
「なんなん、そんなん言われたら恥ずかしいやん」と鍋子が顔を真っ赤にして言う。
小四の女の子だからと言って、男からこんな風に言われたらドキッとするに決まってる。当時、好きだった女の子を守ってこそ、俺の未来は変わるかもしれないんだ。
過去に戻った理由も、もしかして俺にやり直すチャンスを与えてくれたかもしれない。
このあと、例え現代に戻ったとしても寂しい独身男じゃない。そんな淡い期待をして、俺は真夜中の儀式を見守ることにしたのだった。
そして数分間、祖母の祈祷が続いたあと、新たな動きがあった。
雑木林の方から奇妙な音が聞こえて来る。山の頂上付近から草木を掻き分けるような音だ。すると、祖母は祈祷をやめて、手に持っていた鎌を地面に置いた。
その後ろで、正座をしていた女性たちが一斉に土下座を始めた。何者かがやって来る!俺は暗闇の方へ目を凝らして見つめた。
草木を掻き分ける音と儀式をしている祖母たちの距離が縮まる。
ザザザッ、ザザッ、ザザザザザッ
次の瞬間、俺の目の前で世にも恐ろしい光景が月夜に照らし出された!
「ヘビヤ様がおいで下さいました!」と袴田のおばちゃんが大きな声を出した。
なんと、雑木林の方から何十匹という蛇の大群が地面を這って来た!あっという間に蛇の大群で地面が見えなくなった。山の中で生息している全ての蛇が集まったかもしれない。
それほどの数の蛇が重なり合い、儀式をしている祖母たちを取り囲んだ。
袴田のおばちゃんはヘビヤと呼んだ。もしかして蛇夜と書いて、ヘビヤと読むかもしれない。夜に現れる蛇のことを言ってるのだろうか?だが、この異様な光景にもかかわらず、女性たちは逃げるどころか土下座をして、一人一人が何かを呟いている。
俺たちと距離もあって、何を呟いているのか聞き取れない。
「嘘やろ!なんなんあの数、オカンたち怖ないんか!?」と鍋子が顔を青ざめて言う。
「おばちゃん達が自ら呼んだんやろ。これが儀式なんや。山におる蛇がおばちゃん達にとって神様なんちゃうか!もう少しだけ様子見て、頃合いが良いところで退散しよう。それまで我慢しよか!」
鍋子の様子から、今すぐ退散したそうな雰囲気はあったが、こんな異様な光景を目の前にして、最後まで見届けないなんて考えられなかった。
黒土山に生息している蛇。そして袴田のおばちゃんが呼ぶ、蛇夜の存在。
それと、蛇苺とは!?
大量のおびただしい蛇の大群が綺麗な円になったとき、祖母は皆んなの方へ向き直り、先頭の袴田のおばちゃんへ話しかけた。
「袴田さん出番やで。蛇苺様へ生け贄をお渡しするんや」
何十匹という蛇が蠢いて取り囲む中、袴田のおばちゃんは立ち上がり、胸に抱えた布袋を夜空に掲げた!
次の瞬間、大群の蛇が蠢いてる中で何かが動き出した。モゾモゾと何十匹の蛇がこんもり膨らんで、蛇の大群から大きな大蛇が姿を現した!
俺はあまりの大きさに言葉を失うのだった!普通の蛇と違う姿。そして毒々しい赤茶色の大蛇こそ、祖母たちが拝めている蛇苺様だった。
第19話につづく
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