夏、雨、喫茶店

 突然降り出した雨に喫茶店に駆け込んだ。
 タイトスカートのポケットからハンカチを取り出して最低限の水滴を拭ってから、席に案内してもらう。
「えーっと、アイスコーヒーで」
 メニューをろくに見ずにそう頼む。まさか喫茶店にアイスコーヒーが置いていないこともないだろう。
「かしこまりました」
 季節は夏、ただでさえ外が暑くて汗をかいていたところにこの雨とは、運がない。
 私はぼんやりと外を見る。ガラスに雨が流れていた。
 おそらくゲリラ豪雨というやつだろう。その内やむはずだ。
 問題はその後の外の気温だ。それを思うと私はすっかりげんなりした。
 雨の降った後、それはあまりにジメジメしていて、体にべっとりと外気がまとわりつくのだ。
 はあ……とため息をついて、髪をなでつけた。
 ボブカットのそれはすでに湿気で膨らんでいるような気がした。
「お待たせしました、アイスコーヒーをお持ちしました」
「どうも」
 ブラックのままアイスコーヒーをすする。
 ひんやりとした液体が体に染み入る。
「ふー……」
 しばしの休息、ゆったりとソファに座り込む。
 改めて色とりどりのメニューを見ていると、どんどんと食欲がそそられてきた。
 昼食代わりに軽食でも頼んでしまおうか。
 どうせ今日は半休で、もう帰るだけなのだから。
 のんびりアイスコーヒーをすすっていると、ようやくのように喫茶店のBGMが耳に入ってきた。クラシック、聞き覚えはあるが名前までは覚えていない名曲だった。
 その穏やかな環境を、少女の金切り声が引き裂いた。
「……いい加減にしてよっ!」
 その声はすぐ横から聞こえた。思わずそちらをチラリと見ると、近くの高校の制服を着た少女が、立ち上がっていた。
 その正面には違う高校の制服の少女。
 立ち上がった子の制服は本町第一高校のもので、座っている方は聖アガタ学院のものだった。
「…………」
 視線を戻して、アイスコーヒーに戻る。
 喫茶店も一瞬ざわめいたが、皆、自分の世界に戻っていった。
 思春期の少女。些細なことで喧嘩をすることに、何の不思議があるだろう。
 もう一度、窓の外を見る。窓ガラスを流れる雨は、無数の道のようになっていた。
 そして、ガラスには少女達の姿が映っていた。
 まだ女の子は立ち上がったままだった。
「……とりあえず座ってよ」
 怒鳴られた側の子が、不機嫌そうにそう言った。
 ぽすん、と音を立てて少女が座る。
 聞かないように努めても、どうにも聞こえてしまう。
「…………」
「だからさ、もう会うのやめようよ」
 怒鳴られた方、アガタの子がそう言う。
「……なんでっ!」
 立ち上がった方、本町の子は気の昂ぶりが収まらないらしく、もう一度叫んだ。
「めんどくさいじゃん、中学の時とは違って、テスト期間も違うし、部活だってあるし……」
「せっかく久しぶりに会えたのに、なんでそんなこと言うのっ!」
「叫ぶのやめてよ、迷惑だって……」
 アガタの子はそう言った。
 どうやら、このふたり、中学時代からの友達のようだ。
 本町は公立で一番頭の良い高校、対するアガタはお嬢様学校で私の頃は偏差値はそこまでよくなかったが、ここ数年で特進クラスを設立したと聞いている。
「……ウチ、特進の特待生だから、勉強がんばんなきゃだし」
 アガタの子がそう言った。
「い、いっしょに勉強すればいいじゃん……」
「進みが違うでしょ……」
「一年の時はそんなこと言わなかったのにっ」
「一年と数ヶ月でわかったんだって、この時間、無駄だって」
「むだ……?」
 怒りに満ちていた本町の子の声に、一瞬で涙が混じった。
「無駄じゃん、私も美奈も……やることたくさんあるのに、わざわざ会う必要、ある?」
「…………文香の馬鹿ッ」
 本町の子はそう言うと、伝票を取って、走り去ってしまった。
「あ……、雨……」
 アガタの子がそう言った。外はまだ、雨だった。
 私はやれやれと立ち上がる。
「はい、これ」
「え……」
 カバンの奥底に埋もれていて、取り出すのが面倒だった折りたたみ傘を、アガタの少女に手渡した。
「今なら間に合うでしょ、風邪引いちゃうかもよ」
「……あ、ありがとうございます」
 アガタの子は私から折りたたみ傘を受け取ると、走り出した。
「…………」
 外は雨、まだやまない。
 私はサンドイッチを追加で頼んだ。
 それを食べ終わる頃には、雨はやんでいた。

 あの子たちはどうなっただろう。それを知る術はない。
 あのまま、追いつけなかったかもしれない。決定的に決裂したのかもしれない。
 私には、関係のないことだ。あげたつもりの折りたたみ傘といっしょ、手を離れてしまったもの。
 ただ、そこにあった青春のまぶしさを好ましく思いながら、私は喫茶店を出た。

#2000字のドラマ

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