乱反射_表紙

乱反射 12.

 姉が殺された場所は、人通りの少ない路地だ。近くには工事の計画がある広い空き地があるだけで、ランドマークになるような建物は無い。あるとすれば、小さな家が数件建っているだけだ。殺人を犯すには条件の良い場所だ。
 姉は電柱の側でうつぶせになって、大量の血を流して倒れていたらしい。第一発見者は早朝にジョギングをしていた老夫婦だったとのことだ。
 私たちが現場を訪れると、電柱には花が手向けられていた。その量は以前来た時よりも増えていた。ほとんどは、見ず知らずの赤の他人なのかもしれない。花束にしていたものもあれば、空き瓶に白い花を一輪挿しただけのものもあり、様々だ。姉を本当に気の毒だと思って手向けたのか、それとも野次馬感覚なのかは分からない。本当にこんな光景が身近であるのだ、そんな印象だ。
 以前来た時には道路にべったりと残っていた血痕は、跡形もなく消えていた。雨で流されたのだろう。
「嫌な場所ね。トラウマになりそう」
 姉は弱気な言葉を口にした。無理もない。姉はこの場所で人生を奪われたのだから。
「何か思い出せそう?」
 私は姉に聞く。姉は自分が殺された場所をじっと見つめ、目をそっと閉じる。微かな記憶を思い出そうとしているのだろう。
「犯人はフードを被っていたわ。目立たない色のパーカーを着ていた。振り向いたのは一瞬だったから、思い出せるのはこれだけ」
「犯人って、どんな特徴だった? 身長とか、体型とか」
「確か身長は私より高かった気がする。多分百八十くらいかな」
 姉の口調は冷静だが、必死に思い出そうとしているのが垣間見える。
「他に何か分かることは?」
「駄目。もう思い出せそうにない。一瞬だったもの」
 姉は思い出すだけでも疲れるみたいだ。顔が少々やつれている。本当に限界のようだ。姉は左手の拳を強く握った。
「……悔しい」
 姉の顔からは悔しさが滲み出ていた。私はここに来ただけで何も出来ない。こればかりは、姉に頼るしかない。姉は殺された被害者で、少しでも犯人のことを見ている。私は私で悔しかった。何も出来ない私が情けなくて、やりきれない。
 私は前から歩いてくる男性が視界に入った。それは、一度見たことのある顔だ。瀬戸さんが花束を持って歩いてきた。瀬戸さんは私に気付いて、柔和な笑みを浮かべた。今日はベージュの長袖Tシャツに紺のジーンズというシンプルな出で立ちだった。家に来た時はスーツを着てかっちりした印象だったので、以前との印象にギャップがあった。
「毅さん……」
 姉は瀬戸さんをじっと見ていた。
「瀬戸さんも献花に来たんですか?」
 私は瀬戸さんに聞いた。
「はい。休みの日にしかこの場所には来れないので。美月さんはここで何をしてるんですか?」
「私は事件を探りに。私自身、犯人に辿り着きたいんです」
 瀬戸さんは私の言葉を聞いて、そうですかと返した。そして、持っていた花束を電柱に供える。電柱の前にしゃがんで、静かに手を合わせた。私たちはそれをそっと見ていた。
「それでは、失礼します」
 手を合わせ終わった瀬戸さんは、すぐに立ち去ろうとする。
「待って下さい」
 私は瀬戸さんを引き留めた。瀬戸さんなら、何か犯人の心当たりがあるのではないかと思ったからだ。それに、彼は私の知らない姉を知っている気がしたから。
「どうしました?」
 瀬戸さんは不思議そうに振り向く。
「これからお時間はありますか?」
「大丈夫ですけど、それが何か」
「どこかでお話が出来ればと思いまして。私、姉の話を聞いてみたいんです」
 私がそう言ったら、瀬戸さんはうっすらと笑みを浮かべた。
「そうですね。だったら、近くに児童公園があるので、そこでいかがですか?」
 私は瀬戸さんの提案に二つ返事で了承した。そして、瀬戸さんに案内されて公園へと向かった。

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