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乱反射 プロローグ

乱反射

 私は姉を超えることは不可能だと常日頃思っている。姉の香月(かつき)は私に無いものをすべて持っていた。頭の良さ、明るい性格、人望の厚さ、両親の期待、挙げるときりがないほど、彼女はすべてにおいて私を超越していた。不可能だと分かっていても、私はそんな姉をいつかは超えたいと思っていた。

 でも、その霞のように淡い想いは、突然嵐と共に消え去った。私は姉を超えることが永遠に不可能になってしまった。なぜなら、姉は何者かによって刺殺されたからだ。夜に仕事を終えて、家まで帰る途中、姉は後ろから突然ナイフで刺された。ナイフは姉の心臓を深く抉っていて、姉はそのまま息絶えた。

 その知らせを聞いた私は、ただ呆然としていた。私の大切な家族と何の前触れも無くお別れをしなければならない現実を受け入れるのに、誰よりも時間がかかった。そう、両親よりもずっと。

 現実は時として残酷だ。私は自分の事を真野(まの)香月という人間の劣化版みたいな存在だと考えている。現実は誰もが羨むような存在の姉より、すべてにおいて姉の劣化版だった私に長生きするように言ったのだ。私には生きている理由が見出せない。でも、死にたいとは思わない。一体、私はどうすれば良いのだろう、と心の中で自問自答し続ける。それでも、私の足りない頭で考えたところで答えは見つからなかった。

 姉の告別式が行われた日は、どんよりとした厚い雲が空を覆うすっきりしない天気だった。まるで私の胸の内を表すかのような、そんな天気だ。告別式には私たち親族以外にも、高校や大学の友人、職場の同僚など百名を優に超える人々が参列した。誰もがハンカチを目に当てて泣いている。ここでも、私は人望の厚かった姉に嫉妬した。そして、姉とのお別れの式でもこんな事を考える妹を責めた。

 姉の遺体が焼かれる時、私は人生で最も大きな声で泣いた。泣いたというよりは喚いたと表現した方が良いかもしれない。目から涙がぼろぼろと止めどなく零れ、力が抜けたように固いアスファルトの上に跪いた。悲しみや劣等感がごちゃごちゃと入り混じって、感情が高ぶっていくのを抑えられなかった。

 永遠の別れは突然やってくる。それと同時に、突然の再会もやってくるということを私はこの時知らなかった。

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