記憶を紡ぐ糸 第3話「光景」
すっかり暗くなった頃、友一さんは同僚の平嶋(ひらじま)久(ひさし)さんを連れて家に帰ってきた。友一さんは、よく平嶋さんを家に連れてきて、一緒に酒を飲み明かすのだ。
食卓には私が炊いた白米と友一さんが買ってきたスーパーのお惣菜、そして二人が買ってきた缶ビールとチューハイが並んだ。私たちは乾杯をして、夕食を食べ始めた。
「そういえば若葉ちゃんって、立花女子大に通ってたんだよね」
食事と酒が進み、少し顔が赤くなっている平嶋さんが突然聞いた。
「一応、そうみたいですよ」
私は素っ気なく答える。愛想笑いとかが苦手だから、そう答えるしかない。
「あそこってさ、結構有名なお嬢様大学だろ。すごいよな」
平嶋さんは酒がすすみ上機嫌になっている。
私はあまりこの人のことが好きになれない。とても良い人だということは伝わってくるのだが、何故だか好きになれない。おそらく、相性の問題なのだろう。友一さんと平嶋さんは、お互いを信頼できるほどに仲が良い。でも、私が平嶋さんに抱く感情は、それには値しないのだろう。
私は柑橘系のチューハイを缶のまま飲む。柑橘の酸味が口の中に広がる。チューハイを飲むといつも感じることは、味はジュースと大して変わらないなということだ。
「八神、俺たちも大変だよな」
「どうしたんだよ、急に」
「俺たち公務員は福利厚生が良いとか、仕事が楽そうとか言われてるけどさ、実際は全くそうじゃないわけだ。それなのに、何で公務員はここまで叩かれなきゃいけないんだ」
平嶋さんは近年の公務員叩きに物申している。酒がすすむと、人間はここまで愚痴を零すものだろうか。友一さんは不満をぶつける平嶋さんを、子供を相手にするかのようになだめる。友一さんにこういう事をやらせると、非常に上手い。なだめられた平嶋さんは、すぐに平静を取り戻した。まさに名人芸とも呼ぶべき光景だ。
私が柑橘系のチューハイを飲み終えるとき、突然平嶋さんの携帯電話からメール受信を知らせる着信音が鳴った。鞄から携帯電話を取り出して、平嶋さんは画面を見る。メールを確認すると、「嫁からだ」と呟く。どうやら、早く帰ってこいという内容のメールだったらしい。それを聞いて、私たちはテレビの上にある時計を確認する。針は十時半を指していた。
平嶋さんはしぶしぶ帰る準備を始める。立とうとするとふらついてしまうので、友一さんが立たせるのを手伝う。友一さんは平嶋さんを家まで送ると言って、家を出ていった。食卓を見ると、平嶋さんの携帯電話が置きっぱなしになっている。私はそれを見て、溜息が零れた。
「……仕方ない、届けるか」
私は平嶋さんの携帯電話を手に取る。その時、脳裏にある光景が浮かんだ。それは、水色のスマートフォンを私が慣れた手つきで操作している光景だった。
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