記憶を紡ぐ糸 第10話「事実の話」
予想はしていたが、実際に友人の口からそう言われると、やはり驚きは大きい。そして、恐ろしさでいっぱいになる。実際に花帆の口から出たその言葉を聞いて、私は絶句したのと同時に、背筋がぞくぞくとして不快になった。
帰り道に後をつけられることは日常茶飯事で、ある日は玄関にキャミソールのプレゼントが置かれていたらしい。そして、一日に五回は必ず掛かってくる無言電話。そして、一日に何十通も送られてくるストーカーからのメール。メールの内容は、卑猥なものから「会いたい」と誘ってくるメール、「愛してる」というメールまで様々だったそうだ。
覚えていないとはいえ、以前の私が経験したとされるストーカー被害を聞くと、他人事には思えなくて息が苦しくなっていく。それと同時に、脳裏に初めて見る光景が浮かんだ。「君のことをずーっと見ているよ」と書かれたメール。ストーカーからのメールに間違いなかった。
考えたくはないけど、ストーカー被害の記憶は、私のそれ以外の記憶を取り戻す手掛かりになる。その他の記憶も蘇るのではないかと考え、思い出そうとして見る。無理に頭で考え過ぎたせいか、激しい頭痛が襲ってくる。花帆は心配そうな表情を浮かべて、大きな木の近くにあるベンチに私を座らせた。幾分か楽になったが、もやもやとした気持ちが晴れることは無い。
「ありがとう、花帆さん」
私が花帆に礼を言うと、彼女は悲しそうな顔を俯いた。
「やっぱり、記憶が無いのね。若葉はあたしのこと、『かほちー』って呼んでたから」
二人とも黙ってしまう。彼女にかける次の言葉が見つからない。沈黙が続くと、夏の暑さが余計に辛くなってくる。
「ありがとう、かほちー。私、また友達になれるように思い出してみるから」
ふと頭に浮かんだ言葉をそのまま口にすると、花帆は白い歯を見せて笑みを零した。
また今日も目が覚めてしまった。これで何日目だろう。私がストーカー被害に遭っていたという事実を知ってから、毎日のようにストーカー被害に遭う夢を見る。今日見た夢は、見知らぬアドレスから大量にメールが送られてくる夢だった。「君のことをずーっと見ているよ」と書かれたメールが頭から離れない。
寝付こうとしても寝付けない。じめじめとした暑さと汗で濡れたTシャツが気持ち悪くて、なかなか眠れない。眠れなくて、体を右に左にと不規則に寝返りに打つ。
「若葉ちゃん。また、悪い夢でも見た?」
隣の布団で寝ている友一さんは、そう囁いた。起こしてしまったという罪悪感が頭を支配する。私は豆電球のかすかな光で、右にいる友一さんの顔を見る。彼は、重そうな瞼を手でこすっていた。
「うん。そのせいで、全然眠れないの」
「そうか。安心してよ。どんなストーカーだろうと、俺が君を守るから」
友一さんは奥二重の目を細めて笑う。その顔を見て、いつも安心してしまう。
私たちは、「おやすみ」とほぼ同時に言う。そして、私は静かに目を閉じた。