記憶を紡ぐ糸 第9話「再会」
電車で三駅乗って、降りた駅から歩いて五分ほどの所に、記憶を無くす前の私が通っていた立花女子大学がある。ここは街の中に立地していて、近くに大学が三校もある。
私は正門から入っていく。女子大だけあって、周りは女の子しか歩いていない。非日常というか、とても異様な光景に思えた。建物は、どれも年季が入っているように見えるが、白を基調とした建物はどれも綺麗に映った。やはり私がここに通っていたからだろうか、初めて来たという感覚ではない。詳しくは思い出せないけれど、多少の懐かしさは感じられた。
正門を入ったところにあるキャンパスマップを見ると、この大学には文学部、家政学部、人間社会学部の三学部があるらしい。私は財布から自分の学生証を取り出す。これを見ると、私は家政学部児童学科に在籍していたようだ。私は家政学部の学部棟へ向けて歩を進めた。
私が家政学部棟に着くと、ちょうど二限目の講義が終わった時間らしく、学生がぞろぞろと建物から出てくる。この中に誰か知っている人はいないだろうか。これまで脳裏に浮かんだ記憶の断片を確かめたい。私は辺りを首を左右に動かして見回す。
「若葉?」
私は突然名前を呼ばれて、思わずどきっとして恐る恐る後ろを振り向く。後ろを向くと、明るめの茶髪でストレートヘアの女子学生が立っていた。白いTシャツの上に黄色いパーカーを羽織って、デニム生地のショートパンツをはいている彼女は、とても快活そうな印象を私に与えた。
彼女は私を見て「やっぱり若葉だ。久しぶり」とかなり馴れ馴れしく話しかけてきた。ここまで馴れ馴れしいということは、私の友達か何かなのだろうが、全く思い出すことが出来ない。
「すいません。私、三か月前からの記憶しか無くて、あなたのことを思い出せないんです」
私は彼女に正直に打ち明ける。すると、彼女は信じられないと言わんばかりに呆然とした。
「……それ、どういう事?」
「すいません。その言葉通りなんです」
「嘘でしょ。あたしのこと、忘れちゃった?」
彼女の声が震えている。この事実を受け止められないでいるのも、無理はない。私自身、彼女のことが思い出せなくて、気が動転しそうだ。
「あの、あなたのお名前は?」
「牧村花帆(まきむらかほ)。あたしたちは、友達だった」
「牧村……花帆さん」
私は花帆の名前を口に出しながら、反芻する。やっぱり、思い出せない。何だかやるせない気分になった。
「やっぱり、思い出せません。ごめんなさい」
私は申し訳なくて、下を向いてぽつりと告げる。花帆は見ていて痛々しくなるくらいに、顔を歪ませる。
「そうなんだ。でも、良かった。若葉が無事でいてくれて」
私は彼女の言葉に疑問を抱いた。無事にいてくれて良かったとは、一体どういう意味なのだろうか。もしかして、あのストーカーに追われるような恐ろしい感覚と何か関係があるのだろうか。
「記憶を無くす前の私に、何かあったんですか?」
すると、花帆は言いづらそうに小さな言葉で言ったが、私にはその言葉がはっきりと聞こえた。
「あなたは、ストーカー被害に遭っていたの」