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記憶を紡ぐ糸 第8話「ストーカー」

 この季節は七時半になって、ようやく暗くなる。私はスーパーで買い忘れた食料品を買って、辺りが闇に包まれる中、家へと帰る。

 今日は友一さんが残業をして帰ってくるので、しばらくは帰ってこない。まだ夕飯の支度をするのには、時間が残っている。

 今日は熱帯夜なのだろう。夏特有のじめじめした暑さは私を不快にさせ、早く家に帰りたいと思わせるには十分過ぎるくらいだ。

 でも、早く家に帰りたいと思わせるのはそれだけでは無い。また、誰かに後をつけられているような気がするという、恐怖心もまた、早く家に帰りたいという要因だった。

 誰もいないひっそりとした路地裏には、私のヒールで歩く音だけでなく、後ろから気味が悪いくらいに静かな足音が響く。心臓がばくばくと激しい音を刻み、口が尋常ではないくらいに渇く。指は目に見えて震えていて、止めようとしても止められない。

「誰よ……。誰なのよ!」

 私は恐怖を払拭するように、後ろを振り向いて声を荒げた。すると、視界には誰もおらず、足音もぴたっと消えた。血の気がすうっと引いていくような気がした。一体、何なのだろう。これは、私の被害妄想の一種なのだろうか。それとも、本当にストーカーされているのだろうか。その答えが分からずに、私はただその場に立ち尽くした。

「大丈夫? 何か怖いことでもあった?」

 夕食でオムライスを食べているとき、友一さんは私の顔を見るなり聞いた。私は力なく首を縦に振る。口に入れるオムライスは、ショックで味がよく分からない。

「また、ストーカー?」

 その質問にも、私は小さく首を縦に振る。

「だったら、俺に電話かメールをすれば良かったのに……」

「怖くて、そこまで考えられなかった」

 二人の間に沈黙が流れる。重苦しい空気を打破しようと、私は切り出してみる。

「ねえ、明日、大学に行ってみようと思うんだ。もしかしたら、私の知り合いに会えるかもしれないし」

「そうか。気を付けて行ってきてね」

 友一さんは意外とすんなりと了承してくれた。今までは、心配だから病院とスーパー以外は出歩かないでほしいと言っていたので、今回の了承は意外だった。

「またストーカーに後をつけられたら、今度は絶対に俺に連絡してね」

「うん。分かった」

 私はなぜか笑顔になった。一人じゃないと思えるからだろうか。友一さんは頼りなさそうなひょろっとした外見だけど、意外と頼りになりそうだと私に思わせてくれる。安心したせいか、口に運ぶオムライスの味が分かってきた。ふんわりとした玉子とチキンライスの味が絶妙に絡んでいた。

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