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#6 「うさぎ型か猫型か、Digital Vortexに巻き込まれる企業のDXスタンスの違い 」

第4回「DXってそもそも必要?紙と電卓じゃ全然ダメな理由の話」のデデデータ!!“あきない”データの話の台本・書き起こしをベースに、テキストのみで楽しめるようにnote用に再構成したものです。podcastで興味を持った方により、理解していただくために一部、リファレンスをつけています。

DXという渦に巻き込まれる前に

私は昔から、いわゆる“破壊される側”の現場を渡り歩いてきた。紙メディアが全盛だった時代にリクルートや日経新聞、ベネッセなどに在籍し、そこではいつも「紙からデジタルへ」「既存から新規へ」という変革の嵐が吹き荒れていた。いま振り返ると、あれはまさに「デジタルの渦」に巻き込まれる経験だったと思う。だが、あの渦中で最も感じていたのは、“逃げ場などどこにもない”という事実だった。紙をやめてウェブへ移行し、さらにSNSやモバイル、そしてAI基盤へのシフトを迫られる。後回しにすれば他社に先を越される。結果として、自らビジネスモデルを壊さないと生き残れない状況に陥る。それが私にとってのDX(デジタルトランスフォーメーション)の原体験だ。

しかし今、どんな業界でも「DXやらなきゃ」という言葉ばかりが先行しているように見える。それはなぜだろうか。
「デジタルの渦」はIMD(International Institute for Management Development)の提唱する概念だが、要するにテクノロジーやSNS、キャッシュレス、生成AIといった波が、ある日突然やってきて、従来の枠組みを一気にのみ込んでしまう現象である。人によっては「破壊的イノベーション」あるいは「Disruption」と呼ぶが、呼び方がどうであれ、そこで起こっているのは“それまでの常識が根本から崩壊する”ということ。

ならば問いたい。
既存のやり方を守り続けるべきか、それとも思い切って新しい戦い方を模索すべきか。


うさぎ型か、猫型か

ある企業は「周りがやっているから追随しないとまずい」と言いながら、DXに取り掛かる。他社がSNSマーケティングを始めたから急いでFacebook広告やYouTubeチャンネルをつくる。しかしやってみると、運用コストが高いわりに売上が伸びない。半年で辞める。こうした防衛的でやむを得ない取り組みを、私は「うさぎ型」と呼んでいる。逃げ続けるうさぎのように、何とか捕食者から逃れようとするが、狙われ続ける限り気が休まらない。

一方、積極的に「こちらから変革を仕掛ける」企業がある。日経新聞が紙媒体での収益を捨てる勢いでデジタル会員を拡大したり、リクルートが時代に合わせてビジネスドメインをどんどん変更していったり。そういう企業は、追いかけられるうさぎではなく、自ら獲物を探して狩りにいく“猫型”に見える。戦い方が能動的なのだ。どちらが正しいというものでもないが、最終的に業界を制するのは猫型である場合が多い。

うさぎ型で逃げ回るうちに、逃げ切れず消えていく企業も少なくない。逃げ延びるのか、それとも逆に狩りに出るのか。どちらを選ぶかは、経営者や組織の意思次第だと感じる。


DXは「変わらないといけない」衝動なのか

DXはただのIT化でも、最新テクノロジーの導入でもない。本来であれば、「自社を破壊しながら新しい価値を生み出し、ライバルが追いつけないビジネスモデルを構築する」くらいの覚悟が必要だ。

ところが現場ではどうか。
「まずはPoC(概念実証)をしましょう」
「AIを導入してみましょう」
「クラウドにデータを移しましょう」
——確かに悪くはない。だが、本当に破壊的なイノベーションを起こすにはそこだけでは不十分ではないのか。

かつて私がリクルートでモバイル化やSNS対応を担当していた頃、まだガラケーが主流だった日本の市場で「スマホファーストを前提に企画を作れ」と上司から言われた。

当時は大変だったが、そのとき学んだのは「先に大変さを受け入れてしまうと、後が楽になる」ということ。逆に言えば、いまは楽だが将来どこかで一気に苦しむ。DXに取り組む企業にも同じジレンマがあるように感じる。コストや人材、既存事業との葛藤。それらを先に乗り越えてしまうか、先延ばしにするか。


PoCが9割失敗する理由

DXにおいてよく耳にするのが「PoCで終わる」問題だ。AI導入や機械学習を試しにやってみる。需要予測や画像認識のモデルを作る。しかし本番導入に至るのは全体の1割程度というデータがある。私が実際に見てきた現場でも、PoCで一時的な盛り上がりはあるが、その後が続かない。それはなぜなのか。

多くは「ビジネス課題とアルゴリズムの接合」が曖昧である。事業側は「AIを使えば何となく売上や顧客満足が上がるだろう」と期待する。一方でAIエンジニアは「データセットを作り、精度を高め、評価指標を設定して...」と技術的思考に偏る。その結果、“そもそも何を解決したいか”がすり合わせできていない。あるいは解決したところで現場がオペレーションを変えてくれず、導入が止まる。これがPoCがPoCのままで終わる最大の理由だと考える。


私が見てきた“うまくいく”DX

とはいえ、PoCが常に失敗するわけでもない。うまくいくDXは「初期の段階でゴールとアプローチがきっちりすり合わされている」ケースだ。

例えば需要予測を例にすると、「この製品の需要を70%超の精度で予測できれば、在庫コストが約30%下がる見込みがある。その結果、利益率が3%上がる」などの算段が最初から提示される。だからエンジニアもROIを意識しながら作り込み、ビジネス部門も成果が出ればすぐに導入を拡大しようと前のめりになる。つまり目的と技術が相互補完的に動いていく。PoCで結果が出た段階で「やる価値がある」と腹落ちする。

逆に「使えそう」「面白そう」というふんわりした期待のままPoCに突入すると、PoCが終わっても「ふんわりした成果」しか出ない。現場に戻すと「忙しいし、今はそこに割く余裕がない」という話になる。いずれ消えゆく。


コストの問題をどう考えるか

大企業であれば、DXに年間5億円程度の予算を投じても不思議ではない。データ基盤やクラウドの構築、ツール導入、外部のAIベンダーへの発注などを積み上げていくと簡単に億単位を超える。社員を数人、DX担当に育てるとなれば人件費や教育費もかかる。

一方、中堅企業がいきなり5億円は厳しい。そこで「スモールDX」のアプローチが出てくる。とりあえず5000万円ほど使って、予測モデルを一つ作ってみる。成果が見えれば拡張し、駄目なら撤退。

ここで問題になるのは“賭けるタイミング”だ。もっと後でもいいのではないか。あるいはライバルがやってから後追いすればいいのでは。ただ、うさぎ型に徹するならそれでもいいが、結局どこかで捕まってしまうリスクがある。逃げ回り続けて疲弊し、最終的に新興プレーヤーに市場を奪われる可能性。その恐怖を何度も目にしてきた。
猫型で先手を打つことはコストがかさむが、逆に言えば最初の仕掛けで市場を取りにいける。データや顧客接点を囲い込み、競合に先駆けてビジネスを再定義できる。ここがDXの妙味でもある。


破壊の痛みと覚悟

DXを“自分で自分を破壊する行為”と表現することがある。紙と電卓の世界からクラウドとアルゴリズムへ移行すると、既存の仕事やノウハウが崩れてしまう。育ててきたベテラン社員も戸惑う。抵抗も起きる。しかし破壊を外部からやられるよりは、内側から先に壊してしまうほうがダメージコントロールが効く。一度壊して再構築すれば、新しい市場へ向かう攻め手が生まれる。私が日経新聞でデジタル配信をやっていた頃、紙面派の人たちは当然抵抗感をもっていた。だが、渦中に飛び込むことで新しい流れを掴み、最終的には「デジタルも紙も活かすハイブリッドモデル」へ。そこに行き着くまでの痛みは決して小さくない。

「そこまでして私たちは今変わる価値があるのか」。
私自身も常に自問している。しかし時代は容赦なく動く。テクノロジー、メディア、小売、金融など、デジタルの影響を全く受けない産業はほとんど存在しない。介護や福祉、美容・理容といった人間主体のサービス業ですら、予約システムや決済のDX化が遅れると集客競争に負ける時代だ。変わらないという選択肢は、もはやない。


PoC止まりを起死回生する方法

PoCが頓挫した後に相談を受けることも多い。たとえば要件定義が曖昧で、「AIベンダーと事業部門で精度のすり合わせができなかった」というケース。こうした場合、まずは双方のゴールを完全に共有し直す。精度の指標をどう設定し、それがビジネスのどのKPIに直結するのか、どれくらいのインパクトが想定されるのか。その議論を緻密に詰めた上でモデルを再構築する。すると意外にうまくいく場合がある。失敗の9割はコミュニケーション不足に起因するという仮説を私は持っている。

それでも成功しないことはある。データが不足している、あるいは品質が悪い。ビジネスロジックが複雑すぎてAIでは賄いきれない。そういった場合は撤退するのも一つの英断だ。PoCの成功率が低い原因は技術的な限界よりも「明確な目的の欠如」や「社内マネジメントの混乱」にある。そこを乗り越えるならプロジェクトは起死回生できるし、乗り越えられないなら止めるしかない。


DXの要諦はデータにあり

私は暗号技術やブロックチェーンの領域からこの道に入り、MBAでビジネスを学び、システム開発やデザイン思考まで手を伸ばしてきた。これを「寄せ集めだ」と批判する声もあるが、DXにとって「ビジネス課題」「データ分析」「システム実装」の三位一体は避けて通れない。とりわけデータをどう扱うかがDXの肝だと思う。紙と電卓の時代は、人が何かをメモし、ファイルに綴じ、頭の中で勘を働かせて意思決定していた。しかし今は違う。業務データ、売上データ、顧客データ、SNSデータ、IoTセンサー情報など、取得可能なデータが膨大に存在する。それを活用すれば新しいインサイトが得られる。逆に活用しなければ、ほかの誰かが活用して差をつけてくる。

「データを使う目的は何か」。やり方だけ学んでも成果は出ない。目的とアプローチが一致すればこそDXはうまく回り始める。たとえば需要予測の精度を高めたいならデータの前処理を徹底し、アルゴリズムに適切な評価指標を設定して、実ビジネスへのインパクトを可視化する。こうしたステップを踏むことで、PoCがPoB(Proof of Business)へ変わる。これがDXの醍醐味だと考える。


まとめ:破壊か、破壊されるか

DXの本質は、デジタル技術による単なる効率化にとどまらない。組織やビジネスモデルを根本から組み直す。自社を破壊し、再構築する。うさぎ型で“仕方なく”逃げ回るか、猫型で“先手を打って”狩りにいくか。その選択が迫られている。たとえ誰もがすぐに巨大投資はできなくても、スモールDXから一歩ずつ試す手はある。しかし最終的に業界を支配するのは、徹底的に変革をやり切る企業だろう。

私は、DXは企業が生き残るための保険などではないと思う。むしろ“破壊と創造”の舞台だ。変化の痛みに耐えた先に、新しい市場やイノベーションが待っている。「破壊されるくらいなら先に破壊してしまうほうがいい」という、やや乱暴な精神が必要とされるのではないか。敵はいつ何時、どの角度から攻めてくるかわからない。デジタル技術は進化が早い。躊躇している間に別の企業が次世代のビジネスを完成させてしまうかもしれない。

だからこそ、本当にDXに向き合うなら「どのビジネス課題をどう解決し、どんな成果を求めるのか」を腹に落とすべきだ。PoCに終わるプロジェクトであっても、そこからの学びを活かせば再挑戦のチャンスはある。そのためにはビジネス側とテック側が互いに専門用語を恐れず話し合い、ドメイン知識と数理的思考をすり合わせることが不可欠。

DXはビジネスの存亡をかけた戦場だ。うさぎ型で逃げ切る道もあるが、どこかで破綻する可能性が高い。猫型で狩りにいくなら、それなりのリスクとコストが伴う。だがそこにこそ勝機がある。破壊か、破壊されるか。そして、破壊を恐れず、むしろ破壊を楽しむ。その先にこそ、“DXがもたらす真の価値”があるのではないかと、私は思ってしまう。

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専門用語解説

  1. IMD (International Institute for Management Development)
    スイスのローザンヌに拠点を置く国際的なビジネススクール。企業経営やリーダーシップ開発、経営戦略におけるエグゼクティブ教育が有名。「デジタルの渦(Digital Vortex)」という概念を提唱し、業界が急速にデジタル技術によって巻き込まれ、既存のビジネスモデルが一気に崩壊・変革される状況を指摘した。IMD Business School (公式サイト)

  1. PoC (Proof of Concept/概念実証)
    新しい技術・アイデア・コンセプトの有効性を小規模な実験や試作で検証するプロセス。大規模投資や本格導入の前に、想定どおりの効果があるかを確かめることが狙い。

  2. 破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)
    それまでの主流製品やサービスの価値を根本から覆し、市場や産業構造を一変させる技術やビジネスモデルのこと。クレイトン・クリステンセン氏(Clayton Christensen)の理論として知られ、大手企業ほど気づきにくく、ベンチャーなどから突然起きるケースが多い。

  3. ROI (Return on Investment/投資対効果)
    企業や組織が何かに投資した場合に、どれくらいの利益や効果が得られるかを測る指標。DXにおいても、システム導入やアルゴリズム開発にかかるコストと、その結果得られる売上増やコスト削減などを比較して判断する。

  4. PoB (Proof of Business)
    PoC(概念実証)をさらに一歩進めて、実際のビジネスとして成立するかを検証する段階を指す。技術面の検証(PoC)だけでなく、「ビジネスとして採算が取れるか」「顧客が使うメリットが十分にあるか」などを確かめる。


深掘り情報

  1. デジタルの渦 (Digital Vortex) 理論

    • 著名ビジネススクールのIMDが提唱した概念。

    • 業界がデジタル技術によって急激に変容し、既存のプレイヤーが対応を迫られることを指す。

    • IMDのレポートでは、デジタル化が早い業界・遅い業界それぞれの変革度合いやリスクが分析されている。

  2. 破壊的イノベーション理論 (Disruptive Innovation)

    • クレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)による経営学上の概念。

    • 既存の大手企業が重視している顧客層や価値基準とは異なる切り口で新市場を作り上げることにより、やがて大手企業の主流市場を食ってしまう現象を説明。

    • 多くの場合、新興企業やスタートアップが破壊的イノベーションを起こす傾向があるが、大手企業も自ら破壊を実行することで新市場を狙う戦略を取る場合がある(いわゆる“自前での自己破壊”)。

  3. PoCからPoBへのシフト

    • 新技術導入の際、概念実証(PoC)で技術的有用性を確認したあと、ビジネスとして成立する(PoB)かどうかを検証するステップが必須。

    • 企業規模や業種によって予算・人材が限られるため、「PoC止まり」で終わるケースも多い。

    • 意思決定においては、PoBで得られるKPI(Key Performance Indicator)やROIを明確にすることが重要。

  4. DXのコストと投資対効果

    • DXの推進には、システム開発費やクラウド利用料、データ構築費、AI導入費、DX専門人材の人件費など大きなコストが伴う。

    • 投資を大きくするほどリターンも大きくなる可能性があるが、明確な目的がないと無駄に終わるリスクがある。

    • スモールスタート(スモールDX)を行い、段階的に投資規模を拡大する手法も広く用いられている。

  5. データガバナンス・データ品質管理

    • DXの要諦として、データの取得・管理・運用に関するルールや品質管理体制が求められる。

    • 不十分なデータガバナンスは、PoCやAI導入の失敗要因となりやすい。

    • ISOや各種産業別標準など、グローバル標準のガイドラインを参考に策定する企業が増えている。

アビームの調査によると成功率は7%のようでした。


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