
#18 「すべてはデータのゆらぎから -衛星データビジネスの創り方 - 」
デデデータ!!〜“あきない”データの話〜第12回「すべてはデータのゆらぎから -衛星データビジネスの創り方 -」の話の台本・書き起こしをベースに、テキストのみで楽しめるようにnote用に再構成したものです。podcastで興味を持った方により、理解していただくために一部、リファレンスをつけています。
衛星データで世界を見る――私がこの未知領域に飛び込んだ理由
起業のテーマを選んだ時に、「なぜ宇宙か」と問われることが多い。正直、壮大なロマンには興味はなかった。あのときはただ、JAXAの人と飲み会で隣り合い、「非常勤職員として働かないか」と軽く誘われたのが発端だった。宇宙ビジネスなど考えたこともなかったが、「衛星データ活用が面白そう」という直感がすべての始まりになった。
だが、飛び込んでみると、衛星データは単なる「面白そう」だけでは済まない奥深さがある。データそのものの取得コスト、解像度、撮影頻度、すべてがビジネスモデルと直結する。うまく活用すれば資源や農業、都市開発、金融などさまざまな分野で大きなインパクトを生むが、その道のりは思った以上に険しい。なぜ誰もが衛星データを使いこなせないのか。それは単に「ハードルが高い」だけの話なのか。
今回は、私のトライアンドエラーの連続の話をさせてくれないか。
第1章 未知の領域へ飛び込む勇気と私の問い
「どんなテーマで起業をしたいか?」。
サラリーマン時代から、ずっと頭の片隅にあった問いだ。コンサルや受託開発をやれば食べていけるし、安定もする。だが、せっかく挑戦するなら、大きなテーマに挑みたいと思った。新しい技術に触れたい、誰もやっていないことに挑戦したい。
宇宙ビジネスとは無縁だった日常を送っていた私にとって、「衛星データ活用」という言葉は一気に好奇心をかき立てるものだった。しかも、その世界はまだ確立されていない。技術的難度も高いし、ビジネスモデルは謎だらけ。だからこそ魅力を感じた。「知らない×知らないの掛け合わせが、どんな新規事業になるのか」。その挑戦状にワクワクしたものだ。
好奇心が突破口になる
知らない分野に飛び込むとき、もっとも大事なのは自分の好奇心だと考える。なぜなら、好きでもないものを追いかけても、時間が長く感じるばかりで情熱が続かない。衛星データは国家機関や巨大企業が扱うイメージがあったが、いざ調べてみると民間ベンチャーが増え始めている。そこで私は「Orbital Insight」という企業を知り、「ここまで衛星データをハードコアに使いこなすスタートアップがいるなら、自分にもできるかもしれない」と感じた。
第2章 衛星データのハードルと産みの苦しみ
衛星データビジネスの一番の特徴は、とにかく「マネタイズが難しい」ことに尽きる。画像の解像度が上がればコストが跳ね上がり、撮影頻度を高めればクラウドカバレッジ(雲の影響)との闘いも出てくる。「どうせ画像なんだから自動解析すればいいだろう」と思うかもしれないが、実際は雲や影の処理だけでも膨大なノウハウが必要だ。さらにビジネスモデルの設計も難しい。自分で衛星を打ち上げるか、外部からデータを買うか、そのどちらかでコスト構造も大きく変わる。何度も収益モデルの壁にぶつかった。
最初の試み――コンテナ数を数える
最初にチャレンジしたのは港湾や駐車場、工場の屋外スペースにある「モノの数」を数えるサービスだ。コンテナや車両が増えていれば物流量が増加していると推測できる。金融や商社が喜ぶかもしれない、そう思って始めた。しかし、1回の撮影と解析で数百万円から数千万円かかるとなると、多くの企業は二の足を踏んだ。「もう少し安ければほしい」「確度がもう少し高ければ使いたい」――そうした声を聞くたび、これはニワトリが先か卵が先かの問題だと痛感した。
農業分野――キャベツの収穫予測
次に狙ったのが農業だ。衛星データビジネスの王道ともいわれる領域。世界最大の穀物メジャー「カーギル」は自社で衛星を持ち、収穫量を予測するという。ならば日本でも応用可能ではないか。私が手がけようとしたのは野菜の値段予測だ。たとえばキャベツは台風が来ると一気に値が上がる。そこを契約農家やスーパーが把握できれば、生産や仕入れの最適化につながるかもしれない。しかし、ここでも衛星データのコストや精度、そして小規模分散している畑をどう映すかが難しい。求められるのは全体の経済合理性だが、裏では農協や市場の慣習など複雑な仕組みがあり、一朝一夕に切り崩せるものではなかった。
第3章 都市開発やスプロールインデックスへの挑戦
衛星データは農業に限らない。都市開発の効率化や環境対策、インフラ維持管理にも使えるはずだと考え、土地被覆度のデータを解析して「どこに建物が増え、人口密度はどう変化しているのか」を可視化するプロダクトをつくった。これを「スプロールインデックス」と名づけ、自治体や開発企業に提案した。
予算化の壁とモチベーション
しかし、行政やデベロッパーが本格的に活用するには、予算枠や運用体制の整備が必要になる。そこまで大きな変革をもたらすインデックスなら、どう活かすか、誰が意思決定を下すかなど、ステークホルダーが多く混在する。結果、「面白いけれど導入まで遠い」という事例が増えた。ただ、ここで得た知見は大きかった。つまり、「地球規模の動きを可視化するには、本気で継続的に撮影・解析する体制が要る」という事実だ。行政との調整は時間がかかるものの、衛星データによる社会の最適化は、いつか必ず必要になるテーマだと確信した。
第4章 DXのほうが先なのか、それとも衛星データか
そうこうしているうちに、世の中は、コロナ禍につつまれ、DXブームが到来した。多くの企業が「まずビッグデータを活用しよう」「DXを進めよう」と言い始めたが、その前段階としてデータ基盤(データレイクやDWHなど)すら整っていないケースがほとんどだということ。
いくら衛星データビジネスを提案しても、顧客のニーズが企業のデータ活用のニーズの方が高かった。衛星データについても自社のデータと掛け合わせなければ宝の持ち腐れになる。だからこそ、私はDXやデータ基盤の構築サービスを先に提供する道を選んだ。つまり、遠回りすることにした。そこから改めて「衛星データを組み合わせてみないか」と提案するほうがスムーズだ。
衛星データは「最終兵器」
私にとって衛星データは、最初からメインの武器であり続けたいもの、世の中の企業がそこに飛びつくには、まだ懐疑や未知が多すぎる。「衛星データが絡むなんて難しそう」「費用対効果が読めない」。
そうしたハードルを乗り越えるには、まずデータ活用の楽しさ、便利さ、可能性を実感してもらう必要がある。かつてドローンが登場した頃、人々は「本当に役立つのか」と半信半疑だったが、いつの間にか農業やインフラ点検、物流で欠かせない道具になった。衛星データもいずれ同じ道を辿るのではないか。そう考えた。
第5章 仲間とメンターを探す旅
スタートアップを立ち上げる際、仲間をどう集めるか。これも大きな問いだった。私は日頃からビジネスマッチングや副業サービスのような仕組みを研究していたので、あちこちに声をかけまくった。
「宇宙に興味のあるデータサイエンティストはいないか」
「農業や都市開発の知見を持つエンジニアはいないか」。
たまたまランチで再会した元同僚経由で3人ほど紹介してもらい、2018年に7~8人の男ばかりのチームでキックオフした。そのうち半分は去ったが、残ったメンバーとは今も苦楽を共有している。
新規事業はピボットの連続
アイデアは机上だけではわからない。とりあえず走り出し、実証し、壁にぶつかったら舵を切り直す。衛星データの活用先は農業でも不動産でも金融でもよいと思ったし、強みに合わせて変えていけばいい。ただ、重要なのは折れずに続ける姿勢だ。そこについてきてくれる仲間は1000人に1人いればいいほうだと感じる。それでも見つかったときの喜びは大きい。小さなチームでも、未知を切り拓ける可能性が生まれる。
第6章 ゆらぎこそビジネスの源
DATAFLUCTという社名には、「ゆらぎ(フラクチュエーション)があるからこそ、そこに新たな価値が生まれる」という意味を込めている。市場価格でも気温でも、人の行動データでも、本当に大事なのは平坦な部分ではなく、変動やノイズの部分だ。そこにこそ隠されたインサイト(洞察)が眠っている。
衛星データとデータレイクの融合のビジョン
データのゆらぎを分析し、最適化や予測に活かす。そのためには、まずデータレイクを整備し、非構造化データや外部データ、そして衛星画像も統合できる環境を作る必要がある。衛星データは最終的に「巨大なオルタナティブデータの塊」になる。原油タンクの影の長さから世界の在庫状況を推定したり、農地の作付面積を推定して先物相場を予測したり、都市のCO2排出量を推定したり――すべての基盤は大量のデータを受け止めるプラットフォームにある。だからまずは「企業のデータ基盤構築を支援する」という地道な道を選んだ。
衛星データの夜明け
では、衛星データビジネスの夜明けはいつくるのか。私は「すでに微かに始まっているが、大きな波になるにはもう少し時間が必要だ」と考える。コストが下がり、クラウドカバレッジが改善され、ロケット打ち上げの頻度が増えれば、企業にとって衛星データが身近になる。DXの波と合流すれば、一気にブレイクするかもしれない。
それにしても、企業は自社のデータ活用からしか、予算化ができないだろう。私はどんなデータであれ活用するのが得意だ。企業の本格的な衛星データ活用は、DX化の次に起きるだろう。
第7章 具体的ユースケースと想像力
さて、衛星データの魅力についてもう少し話したい。
今後の可能性といえば・・・
たとえば、台風のあとの農地被害をすばやく計測して保険金を自動算定する仕組みがあれば、農家の救済がスピードアップするかもしれない。
港湾のコンテナ数を追えば、世界経済のリズムがリアルタイムにわかるかもしれない。
都市部の屋上に敷き詰められたソーラーパネルの数を数えれば、再生可能エネルギーの普及度合いを俯瞰できるかもしれない。
さらに、森林の減少状況を追ってCO2吸収量を推定したり、水産資源の漁場変化を見たり。ユースケースは尽きない。だが、それを誰がどんなビジネスモデルで、どれほど継続的に回すかがカギになる。
上記の事例は既に弊社で実装経験のあるものだが、本格なビジネスにはなっていないだけである。実装できるが、スケールしないものをいつまで作り続けるのかというのがリアルな壁。
まとめ:ゆらぎを捉える者が次の世界を描く
DATAFLUCTを創業してから、「(衛星)データを商いにする」という壮大な挑戦を掲げてきた。だが、実際にはDXやデータ基盤構築、SaaSなど多角的に事業を広げ、今は「衛星データの出番を待つ」フェーズにも見える。
矛盾しているようだが、これこそが私なりの戦略だ。まずは企業がデータを使いこなす体制を整え、その先に「宇宙からの俯瞰データ」という一手を提案する。世の中の仕組みが変化し、ゆらぎが拡大するほど、衛星データの価値は高まっていくはず。
最初に味わったワクワク感。それは今も変わらない。むしろ困難に直面するたび、新たなアイデアや試行錯誤が生まれ、学びが深まる。投資や事業資金も多く必要だが、そこに情熱を注ぐなら全部突っ込む価値がある。DXの時代やAIの時代、いずれ「宇宙データ活用の時代」が本格到来する。そのときに備え、私たちは日々手を動かし、データレイクを肥やし、ノウハウを積み上げ続ける。人類が宇宙を目指す限り、地上のビジネスも空を見上げる。衛星データは遠いようで近い。そこに眠る宝の地図を、いま手探りで広げている最中だ。
「まだ早いのではないか」「本当に花開くのか」――よく聞かれる。だが、私にとっては「そこにあるデータをどうビジネス化するか」という問いのほうがエキサイティングだ。うまくいけば地球規模の課題を解決する手札になるかもしれない。その先にはまだ誰も見たことのない市場と、新しいデータ活用の地平が広がっているはずだ。
未知の領域に挑む刺激。生々しい失敗と、ほんのわずかな成功の手応え。新規事業のピボットを繰り返し、仲間と手を取り合い、何度も戦略を練り直す。好奇心と使命感が入り混じった、この脳内の熱量こそがスタートアップの醍醐味だと思う。
エピソードURL
参考URL(元ネタのブログ: medium)