年収1/3、カミワキはなぜ釜石に?
はじめまして、神脇隼人と申します。
今回は、私が岩手県釜石市にきた理由をお話しします。
1.生き方への疑問
2016年~2017年頃、私はこれからの生き方暮らし方を迷ってました。
当時所属していた会社は、お給料もよく、それなりに楽しい。
でも、なにか自分の人生このままでいいのかと、もやもやしてました。
ずっとこの会社でいいのか。
周りはもっと大きなことを任されているのではないか。
会社の肩書を外した時にかみわきはやとは価値があるのか。
自分自身の長所が発揮できていないのではないか。
くらしと働くが完全に分かれた生活でいいのか。
そして、大学の頃にめちゃめちゃ楽しそうにしていた友達も、
就職をして全然楽しそうにしていない姿を見て、
もっと自由に選択できる社会に、
もっと自分らしくいられる社会にならないのか
そんなことを考えていました。
30歳という節目の年が近づき、「動くならいましかないのでは」そう思っていました。(※いまは動くのに年齢は関係ないとは思ってますが、在籍していた会社でも29歳の同期が同時期に転職するなど、やはり29歳でいろいろ考える人は多いのではないかと思います。)
そうは考えているものの、私には、社会を変えるプラットフォームをつくれる経験やスキルがあるわけではない。
だけどまずは自分自身が実践することはできる。
そしてもしかすると、それを見た人の後押しにつながるのではと思い、
動きだすことを決断しました。
2.ここしかない 唯一無二の仲見世
そして、新たなくらしや働き方を探していると、
起業型の地域おこし協力隊の制度を発見し、これはおもしろそう!となりました。
そして釜石の仲見世商店街のプロジェクトに行きつき、
実際に訪れるとそこにあったのは、
「閉じきったシャッター・さびれた鉄骨・ちぎれてぶらさがってるだけの力のないテント」でした。
この光景はきっとほとんどの方が目を背けてしまう状況だと思います。
一般的には、「おわった商店街」という印象になると思うのですが、
私にはそうは見えなかったんですよね。
『ほかにはない、ここにしかない、唯一無二の商店街』
もしここがもう一度吹き返したらどんなことが起こるんだろうか。
どんな通りになるんだろうか。
そんなワクワクでいっぱいでした。
3.いましかない
ではこれが、何年か前あるいは何年か後に出会っていたら、釜石にきていたか。おそらく答えはNoだと思います。
一つ目は経済的な理由。
もっと前に出会ったとしても、大学の学費を奨学金やアルバイトで支払いをしていたため、奨学金の返金もあって、年収1/3になってしまうのは、なかなかきついなと。
二つ目は、先に仲見世への想いを醸成させてくれていた団体があったこと。
仲見世での活動は仲見世リノベーションプロジェクトという団体が約4年前からイベント実施等の活動を続けてきており、活動を4年間継続させてきたいまだからこそ、不動産の仕事に勤めていた私が推進していく力になるのではと思ったからです。
そして最後に、人との出会い。
宮崎さん、堀越さん、東谷さんをはじめとする仲見世で活動する皆様に同タイミングで出会えたこと。
4.自分しかない
唯一無二の商店街、いましかない奇跡的なタイミング。
もうこれは運命だなと。
今、これからの生き方暮らし方を考えている自分しかない。
すぐに会社をやめることを決断し、4月から7月までたまりにたまった3か月の有給を消化し、7月に退職。
そして7月より、仲見世通りの活性化を担うために、釜石にくることになりました。
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