我が家の大工さん
私達夫婦は現在、貸家を社宅として借り上げてもらって住んでいる。立地も申し分ないし、広さも二人暮しには十分すぎるくらいである。有り難い。
難を言えば多少日当たりが悪いのと、家が古い事ぐらいだが、それくらいなんてことはない。
家が古いと、人間と一緒で当然色々とガタがくる。自分達の持ち物なら自分達でなんとかするのだが、借家だと勝手な事は出来ず、その度に不動産屋に連絡を入れて、不動産屋の指定業者さんに来てもらわねばならない。
入居前に一度夫だけが内見に行ったら、一人の大工さんが壁紙を貼りなおしていた。気さくな良い人らしく、気軽に話しかけてくれ、夫はエエ人やったで、と言っていた。
割合マメにこういう手作業をする夫は、心密かに『それにしてもザックリした作業の仕方だなあ』と思って見ていたそうだ。
入居後、夫の言葉に納得がいった。壁紙の端があちこち浮いている。ピッタリの長さに切られておらず、はみ出しているものもある。まあ、住む分には影響が出るレベルではないので、雑やなあ、と夫と笑い合って済ませる事にした。
入れ替えている設備もあるが、基本的にどの設備も古い。
最近、台所の換気扇が大きな音を立てだした。回転する時に、羽が何かに当たるようで、大変けたたましい音がするので大弱りした。
夕方ならまだしも、ウチは朝食の準備の為、午前6:00頃には換気扇を回し始める。近所迷惑甚だしい。
困ってすぐ不動産屋に連絡を入れると、夕方だったがその日のうちに大工さんが来てくれる事になった。
来てくれたのはあの、壁紙の大工さんである。羽を外してしげしげと見ている。
羽は何かに接触しているようで、縁が黒く汚れて少し曲がっていた。外のカバーかも、等と言いながら大工さんは、
「よしっ、この曲がってる所を元通りにしてみよう!」
と言って、工具を取り出して曲がった羽を伸ばしだした。
しかし曲がっていない状態だと、普通に当たってしまうのでは?と私の脳裏に素朴な疑問が浮かんだ。が、大工さんだもの、不器用な私の考えなんて及ばない、凄いウルトラCがあるのかも!と期待2割不安8割くらいの気持ちで作業を見守っていた。
作業が済んで、
「さあ〜どうかな?」
そう言いながら、大工さんが羽を設置して換気扇を回す。
不幸な事に、私の不安は的中してしまった。以前より一層大きな音が近所中に鳴り響いた。私は思わず耳を押さえた。
「あれえ、駄目かあ…どうしてかなあ?」
もしかしたら、最悪私がやるか、夫が直した方が余程早く静かになるのではないか、と言う考えが頭をよぎった。
が、私の心配をよそに、大工さんはのんびりしたものだ。
「じゃあ、曲げるか…」
おおそうそう、いい方向に向かってきた。私は胸をなでおろした。
羽は無事曲げられ、換気扇は静かになった。
私はホッとして、大工さんに心からお礼を言った。
二時間くらいして、夫が仕事から帰ってきた。
大変だったんよ、と換気扇の話をしていると玄関チャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろう、と思って開けると先程の大工さんが、決まり悪そうに立っていた。
「すいません、写真撮り忘れてまして…今撮らせてもらって良いですか?」
不動産屋と大家さんに説明する為の写真を撮り忘れていたようだ。
勿論、すぐに上がってもらった。
タブレットを取り出してパシャパシャとやっている。
待っている間に待ち受け画面が見えた。
3才くらいの女の子がぺたんと床に座って、おもちゃに埋もれてこちらを見上げて笑っている。横にチワワが一匹、寄り添ってお座りしていた。
お嬢さんかな。思わず頬が緩んだ。
遅くからすいませんでした、と大工さんはペコペコして帰っていった。
見送った後、台所で食事をしていた夫と目を見合わせて吹き出した。
結局、換気扇はそっくり取り替える事になった。
コロナの影響でなかなか新品が入ってこないとかで、取り替えるのはもう少し先になりそうだ。
今度もあの大工さんかしら。
不安もあるけど、今度は何が起こるか、ちょっと楽しみである。