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スプラッタ…

クラリネットを吹いていると、時折口の中に血が出ることがある。
出血の原因は主に二つある。下唇を切るか、舌を切るかである。

漫画などでクラリネットを吹いている絵を見かけることがあるが、それでは吹けません、と言いたくなる。下唇を巻いていないように描かれている場合が多い。実際は所謂「チュー」の口では吹けない。
下の前歯の上に下唇を被せるようにして軽く巻き、その上にリード(振動媒体)を置くのが普通のアンブシュア(口の形)である。上唇はマウスピースの上にそっと被せる程度である。

マウスピースはそんなにぎゅうぎゅうに噛みしめるものではないので、普通下の歯で唇の内側を切ることはない。が、長時間練習していたり、体調が悪かったり、疲れていたりするとついつい噛みしめてしまう。
切れると言っても、すっぱり切れると言う感じではない。下唇の内側の歯が当たる部分が歯の形に凹み、そこに血が滲む。舌で触るとザラザラしている。ちょっと血の味がする。
無理をすると翌日下唇の内側が腫れ、痛くてマウスピースを咥えづらくなってしまう。

これはおそらく、息がたくさん吸えるか否かが大きく関係していると思われる。
クラリネットは多くの吹奏楽器と同じように、「的」を絞って息を吹き込まねばならない。この息の「圧」がしょぼいと、楽器がしっかりなってくれない。「的」が絞れない。
息の「圧」を上げるには、大量の息を効率よくまとめて入れる必要があるが、身体の調子が悪いとどうしても入れられる息の量が減ってしまう。
量を入れずになんとか「圧」を高めようと思うと、反射的に息の挿入口を狭めようとする。弱い勢いでホースから出ている水を、栓を開かずに勢いよく出そうと思えばホースの先をつぶすことになるが、これと理屈は同じだと思う。
だからマウスピースを噛んでしまう。

マウスピースを嚙みしめると、リードの振動を妨げるため、音が「死ぬ」。音色が汚くなり、豊かな響きが失われる。リードミス(キャーっという音が鳴る)だってしやすくなる。
ほどほどに休憩をはさむのが上手な練習の仕方、と言われるのはこのためだと思う。
研究によると1時間につき10分くらいの休憩を挟んで、3時間くらいの練習をするのがベストだ、という説もあるそうだ。個人差も大きいだろうから、一概には正解だとは言えないと思うが、理想的だとは感じる。

舌を切るのはリードに舌が触れるから、である。
特にタンギングを激しくしたから切れるという訳ではなく、切れるときは切れる。そして不思議なことに、切れだすとどういう訳かしばらくの間「切り癖」みたいになって、吹くたびに切れる。
実は舌はそんなにリードに強く触れない。振動媒体であるリードはちょっと触れれば震えるのを止めるので、ちょっとつけばよい。リードの小さいエスクラリネットなどは、ほとんど舌を触れずにタンギングするくらいである。

舌が切れるのは厄介である。リードが血まみれになってしまうからだ。
拭けばよい、洗えばよい、という訳にはいかない。リードは細い管状の繊維が沢山入っているのだが、この繊維が血を吸ってしまう。血は固まりやすいから、リードがカチカチになってしまう。こういうリードは使い物にならない。捨てる破目になる。
一生懸命良い鳴りのリードに育てたとしても、血まみれになってしまえば役に立たない。こういう時は虚しい。

出血しているかどうかは、リードの表面先端が鮮血に染まるのですぐにわかる。唇と違ってそんなに痛くないし、腫れたりもしないので、血を見て切れたことに気付くことも多い。スワブ(掃除道具)を通して血の匂いがしたら重症である。管の中に血が流れ込んでいる証拠だ。
食べ物を食べるとしみるとかもない。少し違和感がある程度だ。切れるというより、表面がうっすら削り取られているような感じなのかも、と思う。

舌のどの部分をリードにつくかは、奏者によって違う。自分の口を輪切りにしてみることが出来ないので正確なことは言えないが、私の場合は舌の先端の裏側をついているようだ。
切ったのなら違う部分でつけばよいようなものだが、人間の癖というのは怖いもので、つい切っている部分でついてしまう。更に血まみれになるリードが出てしまう、という訳だ。

下唇が腫れ、舌が切れている状態で練習するのはやりづらいが、そのうちどちらも収まってくる。舌も切らなくなる。なあんだ、大したことなかったやん、と言っているうちにまた切る。この繰り返しである。
どちらもあんまり切りたくはないが、自分ではコントロール不能なのが辛い。
血まみれのリードを生産してしまうことは今後もしばらく続きそうだ。