メンズコスメ
先日、ニュースを観ていたら、
『最近は年齢問わず、男性の間で美容への感心が高まっており、男性用の化粧水やパック等の売り上げが伸びてきている』
という話題を取り上げていた。
映像をみていると、(サクラも何人かは居るかも知れないが)皆さんなかなか熱心にコスメ選びをなさっておられて、ちょっとびっくりしてしまった。
息子の年代が今の夫の年齢くらいになる頃には、こういうのがきっと常識になっていくのかもなあ、と思っていると、
「オレもやろかな」
ぼそっと夫が言う。ああ、またか、と驚きもしなかった。
珍しいもの好きだから、食指が動いたのだろうか。それにしてもメンズコスメとは、珍しい傾向である。
「お前、毎日風呂上がりにパックしてるやろ。あれ、くれよ」
パックをしている男性の映像が気持ち良さそうにみえたのか、そんな事を言い出す。
「嫌や、パックって高いねんで」
パックは高い。私は出来るだけ安い店を探して、その中で一番安いパックを、更に特売の日にまとめ買いしている。涙ぐましい美への努力を、気まぐれに消費しないで頂きたい。思わずムキになる。我ながら大人げないと思う。
「お前は夫が綺麗にならんでもエエのか」
きたきた。天邪鬼戦法。
「そうは言うてない。関心あるなら自分で買いに行き、ってこと」
病み上がりでも負けられん。笑いつつ、反撃はキチンと行う。
「そこまでしてなあ~」
ほら、やっぱり自分で面倒くさくなるのが分かってる。
「あ、じゃあ、お前が使った後のパック、くれや。まだ濡れてるやろ」
まあ、確かに。カピカピにはなっていない。
「でも、なんとなく嫌やなあ」
「なんでや」
「だって、捨てるもんやで」
「かまへん、使う。資源の有効活用や」
そこまで言いますか。
「わかった、じゃあ今日の風呂上がりの分からあげるわ」
「おう、そうしてくれ」
結果的に私は負けたのか?どうでも良いけど。
風呂上がりにパックをし、用済みになったものを夫に渡す。
「はい、ご所望のもの」
「ん?ああそうか」
夫、すっかり依頼したことを忘れていたらしい。その程度かい。
一瞬見せたそんな様子はどこへやら、夫は恭しくパックを広げると、顔に貼り付けた。少しは乾いているけど、私が見る限りはまだいけそうな感じである。
「どう、気持ち良い?」
「うーん」
夫は口数少ない。パックに顔の動きを制限されて、上手く喋れない様子である。
なぜかちょっとホッとする。
「三分な。それ以上やったら、かえって乾燥するからね」
私がそう言うと、
「なんでや。オレは乾くまで使う。勿体ない」
とまた天邪鬼戦術が始まる。
「あんねえ、三分は佐伯チズ先生の教えなの!私が勝手に言ってるんやないの!もうそのパックはあんたに使われた時点で、十分天寿を全うしてるってば!そんなもん『勿体ない』とかいう人、美に注力出来ひんで!」
どこまでも正論で責めつつも、パックを乗せた夫の顔がおかしくてつい笑ってしまう。
「ほうかあ」
夫はパックをしたまま喋るのが億劫になってきたらしく、適当な返事をして黙ってしまった。
ずっとパックしておけば良いのに。
「はあ、もうエエやろ」
暫く経って、夫はパックを外してフウっと息を吐き、私の方に顔を向けた。
「どや、効果現れてるか?」
そんな即効性があるのなら、世の中のコスメ男子は、いや女子だって苦労していない。
「そんなすぐに効果出えへんってば。根気よく、毎日続けるのが秘訣なんと違うか」
「ふうん」
夫は気のない返事をして、カピカピに乾いたパックをゴミ箱に放り込んだ。
なんだかつまらなさそうである。
「あんた、以前もおんなじこと言うてやってみて、一回で『もうエエワ』って言うたことあったよね?」
そうなのだ。もう随分前になるが、夫は私が捨てると言ったパックを拾って、パックしてみたことがある。あの時は確か、山登りで出来たシミが消えない、と言っていたような気がする。
「いや、ない」
夫は断言するが、絶対あった。でも、もうそれは争点にしなくて良い。
「今度からも渡そうか?」
私が横目で夫を観察しつつ言うと、夫はゴロンと寝転んで、
「うーん。もうエエわ」
と面倒くさそうに言うと、目を閉じてしまった。
やはり夫にはメンズコスメは無理なようである。
暫くはパックはゴミ箱に直行することになるだろう。パックをしている間は天邪鬼発言が封じられ、良いこともあるのだが。
さあ次に夫が私にパックを『くれ』というのは、一体いつになることやら。