女の武器?
同期入社のCちゃんは、何かといえばすぐに涙をこぼす子だった。いや、『涙をこぼす』なんてしおらしいものではない。わあわあ泣くのである。
いい年した大人が、しかも職場で泣くなんて普通はみっともないし、ありえない。
隠れて涙をのんだ事は私だってある。が、彼女のは衆人環視の場で、恥ずかしげもなく、ウワーンとやる。一緒にいるこちらが慌てて恥ずかしく気まずくなるが、本人はお構いなしだ。
私達は営業職で、課の朝礼時にその日のノルマを『自己申告』する事になっていた。
この『自己申告』の数字があまりにも大きいかったり小さかったりすると、その数字を挙げた具体的な根拠を説明するよう、上司から求められる。納得してくれればそれで良いのだが、ダメ出しをされる事もある。
大抵、目標設定が低いのは上方修正させられる。要するに自分にとって達成が難しい、厳しい数字になる。
Cちゃんはこのノルマ設定について非常に正直というか、愚直であった。どう考えても無理、という時は誰にでもあり、そういう時はみんな暗黙の了解で、出来ない数字を挙げていたのだが、Cちゃんは出来ないものは出来ない、という子だった。
出来るといった以上、絶対やらなくちゃと思うらしかった。真面目なのである。頑固とも言えるかも知れない。
店の三役と課員全員が揃い、しんとした朝礼の席で課長が、
「C、もう少し数字乗せられるやろう」
と厳かに言うと、少ない数字を挙げた彼女は、
「出来ません!!」
と言ってワーッと泣き出す。課長は慣れてくると落ち着いて、
「泣いてんと、しっかり理由を喋れ」
と言うようになったが、最初は私も含め、その場にいた全員がびっくりした。
気さくな三役なら苦笑ですんだが、気難しい人だと苦虫を噛み潰したような顔をするので、こちらが肝を冷やした。本人は平気でわあわあ泣いている。ある意味強い。
泣いたあとはケロッとしている。いつまでもグダグダ言わない子だった。結局自分の数字を通してしまう事もあれば、修正させられる事もあったが、どちらにしても彼女は大体の場合やり遂げて帰ってきた。
本人の言うところによれば、ノルマ達成がキツい時は、これはと思うお客様の所に行って必死で売り込み、最終的には泣き落としに持っていくらしい。
彼女はさっぱりして明るい性格で、お客様にとても人気があった。「あんたがそこまで困ってるなら、なんとかしてやろう」
と一肌脱いで下さる方が多かったらしい。
営業は彼女の天職だったのかも知れない。
いまだと『あざとい』という言葉で一蹴されてしまうのかも知れない。
しかし、彼女にそういう狡くてイヤラシイ雰囲気があれば、お客様も誰も協力しなかった筈だし、上司だって彼女の言い分を聞く事なく、注意するだけだっただろう。
念の為言い添えると、外見は至って普通の、ぽちゃぽちゃした丸っこい子であった。彼女には失礼だが、外見にほだされて協力したお客様は皆無だったと思う。
根っからの正直者で、誰にも自分を偽る事なく曝け出していた彼女だからこそ、いい年して子供のように泣いても大丈夫だったのだろう。
私も彼女が大好きだった。そして羨ましかった。全然妬ましくはないし、同じ事をしようとは夢にも思わないが、周囲に対する嫌な遠慮や、妙な気遣いを求めない気持ち良さが彼女にはあり、心の奥底でああ在りたいものだ、と思っていた。
5年ほど勤めた後、彼女は大学時代からの彼氏と目出度く結婚して、間もなく母親になった。
「アイツ、赤ん坊と一緒に泣いとるんと違うやろなあ」
課長も先輩達も、彼女から私が引き継いだお客様も、皆一様に笑顔でよくそう言った。
「上手くやってるみたいですよ」
私が言うと、皆面白そうに彼女のエピソードを語りだす。私も笑いながら相槌を打っていた。
彼女の話をする時は、みんないつも笑顔だった。彼女の屈託のない笑顔がみんなに伝播しているようだった。
久しく会ってないが、きっと今もあの笑顔を振りまいているに相違ない。