尋ねられ人
私は何故かよく道を訊かれる。初めて行った土地でも、ずっと住んでいる土地でも変わらない。物凄い方向音痴だし、東西南北はてんで見当がつかないし、目標物を覚えられないときているので、道案内には最も不向きな人間なのだが、尋ねる人がそれを知っている訳もなく、私に吸い寄せられるように道を訊きに来る。周りに人がいっぱいいても、高確率で私のところにやってくる。
道だけではない。いろいろ訊かれる。
以前住んでいた家に引っ越して二日目に、息子を連れてスーパーに初めて買い物に行った時のことである。
一人の老婦人が近寄ってきて、
「なああんた、今日安売りの○○卵、もう売り切れてたか?」
と訊いた。
新聞はまだ取っていないし、チラシも見ていない。第一、初めてきたスーパーの卵売り場がどこなのか、知る由もない。
「さあ・・・ちょっとわかりません」
と答えるしかなかった。老婦人は何かブツブツ言いながら行ってしまった。
「僕たち、昨日お引越ししてきたばっかりなんだよ・・・」
私と一緒に老婦人を見送りながら、息子がポツンと発した言葉が未だに忘れられない。
京都にある夫の実家に帰省していた時のことである。
夫と二人で買い物に行く途中、外国人のカップルが身振り手振りで何か尋ねてきた。どうも金閣寺に行きたいらしい。
「キャンユースピークイングリッシュ?」
と訊かれて、どう答えるべきか迷っていたら、なんと傍らにいた夫が
「ア、リトル」
と答えたので、焦ってしまった。マジか。この人、英語なんて喋れたっけ?
私の内心など露知らず、外国人はホッとした表情になり、夫のたどたどしい説明に従って、最寄りのバス停へと去っていった。
夫は独身時代を通じて、外国人観光客に道を訊かれたのはこの時が初めてだったそうだ。私が引き寄せてしまったのだろうか。
ところが私自身は、道を尋ねる相手をよく外す。
イヤホンをした人に声をかけて振り向いてもらえなかったり、「わかりません」と一言で冷たくあしらわれたり、片手を挙げていかにも『急いでますんで』という風に足早に去られたりしたことも数えきれない。
初対面の人に警戒心は殆どない人間なのだが、それが災いして的確な人選が出来ないようになっているのかも知れない。
平たく言えば『人を見抜く目がない』、つまり『どんくさい』のである。
『道を訊かれる人・理由』で調べると、『つけ込まれやすい・舐められやすい』なんてのが理由の一番に上がっていた。なんだか情けない。
この人になら拒絶されないだろう、この人になら声をかけても怒られないだろう、という風に侮られがちだ、ということらしい。
確かにいかにも怖い顔や格好の人に、道を訊こうとは誰でも思わない。
更に見ていくと『温かいオーラが出ていて、人を引き寄せやすいから』なんて嬉しい理由もあった。私から目に見えないものが出て、人を引き寄せているのだろうか。しかし道を訊かれる以外には人が寄ってくると感じたことはないので、あまりぬか喜びしないでおこう。
『いかにも道を知ってそうに見えるから』という理由もあがっていた。
初めての土地に慣れないのをバレないように装い、少しでも早く順応していこうと虚勢を張ってしまうのが、そう見えるのだろうか。
いずれにしても、招かざるものを招いてしまう体質であることに間違いはなさそうだ。
しかし私から声をかける場合は、『また人選をミスするかなあ』という恐怖心?に近いものがあって、道を尋ねるのはちょっと勇気が必要である。
道を訊く時は自信のない時だ。だからそういう人に出会ったら、誠意は尽くしたいと思っている。余程急いでいる時をのぞいては、断る時もちゃんと謝るようにしているつもりである。
今時はスマホが賢くって、道案内もちゃんとしてくれるから迷う心配も、道を訊かれる心配も、殆どなくなったけれど。