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無邪気な声に

子供の無邪気な一言に、ハッとさせられたり、クスリと笑ってしまうことはよくある。noteでもそんな記事を拝読しては、幸せのお裾分けを頂いた気分になることも多い。

先日のとても暑い日、出勤しようと歩いていたら、前を行く親子連れの会話が聞くともなしに耳に入ってきた。三十代前半くらいに見えるお父さんと、頭がお父さんの腰に届かないくらいの小さな男の子である。
「お父さん、暑いねえ」
「そうだねえ」
お父さんもお子さんも、足取りは重い。この暑さではさもあらん、と思っていると、男の子が急にお父さんを勢いよく見上げて、良いこと思いついた、とばかりに大きな声を出した。
「ねえ、車で行こうよ!」
しかし、お父さんは歩みを止めない。
「だめだよ、車は今日お母さんが○○ちゃんと乗っていっちゃったでしょ?」
汗を拭き拭き、息子を窘めるように言った。
男の子は諦めない。お父さんの前にぴょんと飛び出てこう言った。
「じゃあさあ、もう一台買えば良いじゃん!」

お父さんはプッとふき出した。私も親子の背中を見ながら、ニヤニヤしてしまった。
「お前さあ、簡単に言ってくれるよな」
お父さんは苦笑いしている。男の子は不思議そうだ。
「ダメなの?」
「今はダメだよ。ウチはお金そんなにいっぱいないでしょ?」
「そうなの?車って、お金いっぱいないと買えないの?」
「そうだよ」
「ふうん」
暑いからなのか、男の子もお父さんも、それっきり黙り込んでしまった。
その後の二人の会話がどうなったのか、気になるところではあったが、生憎二人の歩みは遅々として遅い。遅刻は出来ないので、私は足を速めて追い抜いてしまった。
ちょっと残念だった。

先程の会話を胸の中で反芻しながら、一人で笑っていると、ふと昔近所に住んでいたM君のことを思い出した。
M君はウチの妹と同い年で、母方のおばあちゃんと両親、十年上のお姉ちゃんとの五人家族だった。
家族中に可愛がられている所為か、明るくて人懐っこい、愛嬌のある子だった。

私達が子供の頃は勿論インターネットやスマホもない時代だから、何か大きなものを買うとなると店に直接出かけるか、家に売りに来る訪問販売で買うか、だった。
訪問販売業者のなかには明らかに悪徳といおうか、諦めの悪いセールスマンが居た。『買って頂くまで帰りません』などと家に居座って粘るような、質の悪い人間も多かった。
彼らもノルマを上げるのに必死だったのだろうが、セールスマンというと当時はこういう『押し売り』的なイメージが強く、あまり歓迎されることはなかった。
コロナ後の現在ではちょっと考えにくい形態だが、誰もが人をあまり深く疑わずに家に入れる、そんな時代だからこそ成り立っていた商売だと思う。

M君が小学校低学年くらいの頃の話である。
ある日、M君の家に健康食品の訪問販売業者がやってきた。
そのセールスマンは『絶対に身体に良い』『肌が綺麗になる』等々とあらゆる宣伝文句を並べて粘り、長い間腰を上げようとしないばかりか、終いには脅し口調になってきた。M君のお母さんは困るわ、怖いわで途方に暮れてしまった。
すると、奥で事の成り行きを聞いていたM君が突然がらりと襖を開け、つかつかとやってきた。そしてセールスマンの前に腕を組んで仁王立ちになると、きっぱりとこう告げた。
「おっちゃん、絶対やな。絶対身体にエエんやな。ほんだらおっちゃんが今飲んで、ここで証明してみいや。出来ひんのか。出来ひんのやったら、おっちゃん噓言うてるんや。そんなもん、ウチのお母ちゃんは買わへんで!さっさと帰れ!」
セールスマンはバツが悪そうに黙り込み、スゴスゴと帰って行ったという。
「私が困ってんの、わかったんやろかなあ。助太刀しちゃろと思うたんやろなあ。まあ追い払えてホッとしたわ」
おばさんはおかしそうに言いながら、ちょっと嬉しそうだった。

M君は残念ながら妹とは全く進路が違ったので、どうしているかは知らない。でもきっと、しっかりと一家の大黒柱をやっているんだろう。
おばさんはずっとお元気だったのだが、三年ほど前に病気で亡くなられた。喪主はM君だったそうだ。参列はしていないが彼のことだから、立派につとめたことと思っている。

ハツラツとした男の子の無邪気な声に、つい遠い昔を思い出してしまった。
あの子はこれから、お父さんやお母さんとどんな会話をしていくのかしら。そこにはどんなドラマがあるのかしら。
ちょっと見てみたい気がしている。