失礼しました
先月くらいからずっと、我が家の南側の壁に引っ付けるようにして、長時間路上駐車する車が一台ある。ご近所には、まるでウチにしょっちゅう来客があるように思われている事だろう。
割合大型の車なので、邪魔なことこの上ない。あまりにも度重なるので、ナンバーも覚えてしまった。
朝私が出勤する時にはもう定位置にいる。二時過ぎに帰宅すると、まだいる。薄暗くなり、夫が帰宅する頃には帰っていく。
出かける時にわざとしげしげ見たりしてみたが、全く動く様子はない。横の集積所にゴミ収集の車がきても移動しない。
厚かましい、通報したろうか、と私はここのところ、ちょっとプンプンしていた。
この車、毎日ではなく思い出したようにやって来る。二、三日とめることがあるかと思うと、しばらく来ないので忘れている。するとまた来る。そしてまたこっちがイライラしだした頃にいなくなる。
しかも驚くべきことに、この車にはいつも人がずっと乗ったままなのである。朝から夕方まで八時間近くいる時もあるが、人が降りてきたのを一度も見たことがない。時々後部座席に移動しているようではあるが、基本的にずっと前の座席に一人の男性が座っている。ちょっと目付きが悪いし、こちらと目を合わせようとしないのがひっかかる。
一体何なのだろう、とうす気味悪く思っていた。
先日も随分長い間駐車していたので、腹に据えかねて夫が帰ってからこう訴えてみた。
「なあ、警察に通報したら恨まれるかなあ?ちょっとガタイの良いお兄さん乗ってるしなあ。でもちょっと度々過ぎひん?どう思う?」
ところが夫は、鼻で笑ってこう言った。
「同業者ちゃうけ」
「え?」
訳が分からずポカンとしている私を前に、夫は続けた。
「警察やろ。窃盗犯かなんか、押さえる気とちゃうか。この近くで被害が出てんのやろ」
夫はそんなのわかって当たり前だ、と言わんばかりである。私は毛ほどもそんなことを疑わなかったのでびっくりした。
「え!張り込み?!ドラマみたい!なんでそう思うの?」
「だってお前、ずっと乗ったまま八時間もいられるか?他に理由が考えられへん。車種も覆面にありがちなやつや。色も地味やろ」
なるほど、そういわれてみればそうだ。
「でも、ナンバー普通の車のやったよ?」
私が不思議そうに言うと、夫はふき出した。
「お前、張り込みに8ナンバーで来たらバレバレやんけ。ああいう車は普通のナンバーなんやぞ」
仰る通りでございます。いちいち自分の無知が情けない。
でも確かに警察車両と考えれば腑に落ちることばかりだった。
そうと知ってからはとまっているのを見てもイライラしなくなった。それどころかとまっている車を見ると、
「お疲れ様です。頑張って犯人捕まえて下さいね」
というような応援?の気持ちがわいてきたのである。
夫の意見を聞いていなければ、きっと私は今でもあの車を睨みつけていたに違いない。警察車両と聞くと俄かに、張り込みしている刑事を気遣うような、犯人検挙に協力しているような、一種ミーハーな気分になってくるのだから笑えてくる。
何事も思い込みというのは怖い。
迷惑をかけても平気な路駐野郎が、市民を身体をはって守ってくれる正義の味方になってしまうのだから。
事実は『車がとまっている』だけである。なのにそれに対して不届き者めとイライラするか、頑張ってと陰ながら応援する気持ちを抱くか、解釈の仕方によって百八十度違う感情が起こっているのだから面白い。
全ては私の心の中だけの独り相撲である。
自分の視野が狭いことをよくわかっておく。自分の力でどうにも出来ないことを無理にどうかしようとしない。
今回の事はいい勉強になった。
刑事さん、睨んだりしてすいません。お疲れ様です。犯人検挙、頑張って下さい。ウチの横で良ければ、どうぞいつでも車とめて下さい。