お父さんのお返し
先週の土曜日のことである。
私が一人でレジに入っていると、四十代後半くらいの恰幅の良い男性が近づいてきた。私に声をかけるべきかかけないべきか悩んでおられるようで、汗をふきふき、こちらをチラチラ見ておられる。
こういう方は積極的に声をかけて、『刈り取る』ことにしている。
「何かお探しでしょうか?」
笑顔でレジ台越しに話しかけると、男性はホッとした様子で近寄ってこられた。
「あのう、来週父の日ですよね」
と遠慮がちに仰る。
ああ、お父様へのプレゼントを探しに来られたのか、と思い、
「男性用の小物でしたら、こちらでお取り扱いしておりますよ。お洋服は二階になりますが」
と言ったら、
「いえ、父のではなくて」
とおどおどしながら仰るので、じゃあ誰に?と不思議な気持ちになって、私はお客様をマジマジと見た。
「実は娘と妻から、『父の日にはプレゼントをあげるからね』と言われていまして。忘れないうちにお返しを用意しておかないと、忘れると怒られてしまいそうなので、今のうちに買いに来たんですが」
そういうと、男性はとても照れ臭そうに笑って、またしきりに汗を拭いた。
私は感心してしまった。プレゼントをもらう前から忘れないようにお返しを用意しておくなんて、なんてマメな方なんだろう。
「大げさなものでなくて良いんですよ。アクセサリーは趣味もあるでしょうし、よくわかりませんから贈れないし・・・。ハンカチなんかどうかなと思うんです。でもどんなのが良いか、見当もつかなくて。お忙しいのにすいませんが、一緒に良さそうなのを見繕って頂けませんでしょうか?」
どんなものが奥様と娘さんのお好みなのか、私には見当もつかないが取り敢えず、
「かしこまりました」
と請け合って、私は呼び出しボタンを置いてレジを離れた。
ハンカチなら、多少お好みから外れていても大丈夫だろう。
「こういうの、良いかなと思うんですが」
男性は、予め選んでおいた四、五枚の候補を見せて下さった。
中に薄い綿ローンのハンカチがある。高級で見た目は綺麗だが、私はあまり使わない。あまり水を吸わないので実用的ではないし、イチイチ洗濯の度にアイロンが必要で面倒くさい。皆さん同じなのか、あまり売れ筋商品ではない。
そこで、
「こちらは綺麗なんですけど、あまり実用的ではないかと思います。使うとすぐにベタベタになりますし、洗濯後はアイロンも必要です。当店ではタオル地やガーゼのものが人気です。アイロンは不要ですし、水もよく吸います。最近はこのように、上品なデザインのものも沢山ございます」
といくつかお勧めすると、
「なるほど!ボクのハンカチは妻がアイロンをかけてくれています。そうか、あの手間が省ける方が良い、ってことですね!」
男性はしきりと感心している。
「お好みもございますが」
と申し添えると、
「いや、きっとその方が良いです。プレゼントで手間を増やしては恨まれます。タオル地とガーゼのにします」
と仰って、タオル地とガーゼの二種類を組み合わせて、二枚ずつニセットお選びになった。
選ばれたハンカチは、どちらも上品なおとなしいデザインだった。きっと奥様も娘さんもこれならお使い頂けるだろう。
「袋はどちらのお色目になさいますか?」
ピンクとブルーのラッピング袋の見本を示すと、男性は親指と人差し指に顎を挟んで首を傾げて、ちょっとの間思案していたが、
「これを娘に、ブルーの袋で。これは妻で、ピンクの袋で。よろしくお願いします」
と言って、ニッコリなさった。
「かしこまりました。お時間五分ほど、頂戴いたします」
「ええ、お手数ですがよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられて、恐縮してしまった。
ハンカチのラッピングは、余程込み合っていない限りすぐできる。五分もかからずに、ご依頼のラッピングは仕上がった。
本来なら番号札でお呼びしてレジまで来て頂くのだが、たまたま来客がなかったので、お客様のところまでお持ちした。
「お待たせ致しました。このようにさせて頂いております。値札もお取りしておりますので、ご確認下さいませ」
取った値札をお見せし、ラッピング済みのハンカチを手渡す。
男性は小さく歓声を上げた。
「いやあ、無料でこんなに丁寧にして下さるんですか!ありがとうございます。選ぶところからおつきあい下さって、スイマセンでした」
「いえいえ、ありがとうございます。またお越しくださいませ」
男性はニコニコしながら、プレゼントを大切そうに自分の鞄に入れてぺこりと頭を下げると、こちらに片手をあげて帰って行かれた。
奥さんと娘さんはあのハンカチをいつ受け取るのかしら。
どんな顔をされるのかな。気に入ってもらえると良いんだけど。
きっといいご家族なんだろうな。
まるっとした男性の背中を見送りながら、なんだかほのぼのした気分にさせてもらった日だった。