カクテルが好き
私が生まれて初めて飲んだカクテルは、ピンクレディーだった。
名前の通り、可愛らしい薄いピンク色をしたそのカクテルを口にした時は、自分がちょっと大人の女になったような気がしたものだった。
味が美味しかったのは勿論だが、何より飲んだ時の高揚感が気に入った。それからというもの、飲みに行けば必ずと言って良いほど、カクテルを注文した。
といっても私の若い頃は、今のように居酒屋に当たり前のようにカクテルメニューがある訳ではなかった。だから私は所謂『バー』に行きたかったので、当時付き合っていた彼氏をよく誘った。
そして色々なカクテルを覚えた。
ソルティードッグを初めて飲んだ時は、グラスの縁の塩に驚いた。
モスコミュールは長いグラスできたので、あれっ、カクテルグラスじゃないんだ!とがっかりした。
ダイキリのスッキリした柑橘系の香りと、口に優しい甘さには、とても気分が上がった。
代表的なものばかりではなく、そのバーのオリジナルカクテルなんかもある。新しいお店に行けば、必ずと言って良いほど試してみた。
随分飲んできたけれど、もうみんな忘却の彼方である。
学生風情が偉そうに、分かった風な顔をして飲んでいた。
バーテンダーも供しながら、『こんな学生がなんで』と思っていたかも知れない。
当時はバブルの全盛期で、バイト代は十二分な額を貰えていた。といっても自活していた訳ではなく、親の許から大学に通い、親に食べさせてもらい、生きていく為に必要なことはほぼ全て、親の脛をガシガシ齧っていたのだから、今思えば分かったような顔をしてカクテルを飲んでいた自分が恥ずかしい。
結婚して以来、ああいう店には一度も行っていない。
何度か夫を誘ってみたこともあるのだが、
「お前アホかあ、バーなんて贅沢なところよう行かんわ!」
と一笑に付されてしまった。
子供が出来てからは飲む機会というのはぐんと減った。そもそも小さいうちはそういう大勢が集まるような場所には連れて行けない。大きくなればなったで、未成年のうちは教育上の問題?がある(と考える)。
バーからも、カクテルからも、段々遠ざかる日が続いている。
最近は別の不安要因もある。
若い時よりずっと少量のアルコールで、体調を崩すようになった。元々そんなに大量には飲めない性質なのだが、気分を味わいたいならもうノンアルコールで良いかな、と思うこともよくあるし、実際に家飲みではそうすることも多くなった。
打ち上げなどで居酒屋に行くことも時々あるが、そういう時もアルコールを頼むのは一杯目だけで、あとはノンアルコールやジンジャーエールにしたりする。でないと翌日がしんどいのだ。
私のような人が多いのか、はたまた最近の若者のアルコール離れの所為か、居酒屋には『ノンアルコールカクテル』のメニューが充実しているところが増えてきているように思う。
これはこれで有難い。
でも時折、あの初めて飲んだピンクレディーを懐かしく思い出すことがある。
薄暗いバーの、フワフワした椅子に座って、お洒落なコースターの上に乗せてサッと供される、スマートなグラスを待つ時のワクワクした気持ち。小さく立ち昇る気泡を眺める時の何とも言えない嬉しさ。
注文した後、バーテンダーがシェイカーを振る、あのカチャカチャという音。初めはゆっくり、次第に早くなり、やがてまたゆっくりになって、まるで芸術作品のように恭しくグラスに注がれる。
それら全てが、私の気分を上げてくれた。
大人になったと、思わせてくれた。
夫は嫌がるけれど、もう少し年齢を重ねたらそういうところに誘っても良いかな、と思う。
夫と二人、今までの結婚生活を振り返る、しみじみした時間を持ってみたい。そういう時の定番は日本酒なのかも知れないけど、私はカクテルでも良いような気がしている。