練習!練習!
カラオケボックスでの練習は、周囲への音漏れを気にせず思い切り吹けるので助かる。同じように考えるプレイヤーはプロアマ問わず多いようで、私の行きつけの店はいつもそういった人が沢山来ている。
一番多いのは声楽の練習をしている人だと思う。一度受付で一緒になった事があるが、でっかいキーボードを背負っておられたのには驚いた。多分、鳴らしながら発声練習をするんだと思う。
楽器と違ってどこでも練習できるし良いなあ、なんて思っていたが、あの声のハリと大きさでは確かに、自宅では防音室でもなければ無理だろう。考えてみれば、舞台の上からホールの隅々まで身体一つを武器に声を届けねばならないのだから、当然の事である。
男性、女性どちらもお見かけする。
よく一緒になるのが、ヴァイオリンの50代くらいの男性である。
彼は間違いなくプロだと思う。理由はいくつかある。
音程が揺るぎない。思わず唸ってしまうくらい素晴らしい。
音に芯があり、太い。弦が鳴りきっている感じの音だ。一音一音に表情があり、悲しい気分なのか、晴れやかな気分なのか、壁越しに聴いている私の耳に伝わってくる。
フレーズがちゃんと"歌って"いる。楽器を使って"表現"している。"言いたいこと"がよくわかる演奏である。
何より強く伝わってくるのは、自分の演奏に対する謙虚な姿勢である。同じフレーズを、何度も何度も確認するように弾いている事が多い。聴いているこちらは、もう十分いい演奏だと思うのだが、彼は満足が行かないようで、こちらが覚えてしまうくらい何度も弾いている。
素人だと、ちょっと吹けると嬉しそうにパラパラと『私上手なんです、すごいでしょ、聴いて聴いて』モードで、図に乗った演奏をしてしまいがちだ。だが、彼はそんな次元はとうの昔に超越しているように思える。如何に表現するか、のみに集中しているのがわかる。
そうやって集中出来るのは、既に確固たる技術的な自信があるからである。だからプロだと思うのである。
『鬼気迫る』とでも言ったらいいのか。いつも凄いなあと思いつつ、聴かせてもらっている。
私が来る時には既に練習を始めているし、帰るときには大抵まだ弾いている。凄い集中力だと思う。
一体何者だろう、と思いつつ、秘かに尊敬の念を抱いている。
他に来ているのは殆どが素人だと思う。楽器は本当に多種多様で、ヴァイオリン、フルート、オーボエ、クラリネット、サックス、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーンなど。チューバも見たことがある。
変わった所では二胡、オカリナにも会った事がある。最も驚いたのはなんと『笙』である。あの"ひやーん"というような和音が聞こえてきた時は、初め『アコーディオンまで持ち込む人がいるんだ』と思った。音階がはっきりしないので笙だと気付いたが、一体どんな人だったのだろう。ちょっと部屋を覗きたかった。
まあ自宅で練習するには結構大きな音だろう。それにしても神社などではなく、誰かが歌う『残酷な天使のテーゼ』の聞こえる中で聴く笙の音は、違和感満載であった。
初心者っぽい人、プロ顔負けの人、色んな人が色んな音で練習している。老若男女、みんなそれぞれ一生懸命である。
私も頑張るぞ、と負けられない気分になる。
やはり練習するのは楽しい。