Immer Kleiner
この前の日曜日、敬愛するクラリネット奏者の中 ヒデヒトさんのリサイタルを聴きに、東京の代々木上原にあるホール『ムジカーザ』まではるばる行ってきた。昨年に引き続き二度目である。
中さんは今年の4月で40歳になられるそうで、節目の年にブラームスのソナタにチャレンジされた。普通によく演奏されるブラームスのクラリネットソナタとは違い、彼の最晩年の作品ということで、私は初めて聴かせて頂いた。
相変わらず素晴らしい演奏にやっぱりこの人凄すぎる、と唸ってしまった。昨年はフランス物ばかりだったのだが、今回のほぼオールブラームスプログラムもとても良かった。
たっぷり堪能させて頂けて幸せであった。
毎年一曲、ご自分で作曲された作品を演奏される。今年の「惑惑」(madoimadou)は超難曲。不惑の年を迎えるに当たり、自らの内面を見つめながら作曲されたそうだ。難しい譜面になってしまい、ご自分で「吹けるかな」と心配になった、と笑いながら紹介されていたが、そんな心配は全く不要だった。超絶技巧の連続にずっと目を白黒させられっぱなしだった。
途中ではちょっぴりJazzテイストの曲も披露。早くも来年のリサイタルの宣伝だということだった。一気に会場の雰囲気が変わる。さすがとしか言いようがなかった。
プロの演奏会ではいつも思うことだが、この人たちって身体の中に自在に操れるメトロノームが入ってるんじゃないだろうか。リズム音痴の身としては非常に羨ましく、ただただ尊敬するばかりである。
リサイタルの締めはお楽しみのアンコールである。そのピアノ伴奏が始まった瞬間、思わずクスリと笑ってしまった。
「Immer Klei
ner 」(インマー•クライナー 邦訳:だんだん小さく)。この曲はタイトル通り、クラリネットの各パーツを外しながら演奏する。視覚的にとても面白い。
クラリネットはマウスピース、バレル、上管、下管、ベルの五つに分かれる。一番下のベルから順に外していき、最後はマウスピースだけで演奏するというなんとも大胆な曲だ。
私も楽譜を持っているが、外すところにはちゃんと「ここで○○を外しなさい」と指示が書いてあるのも笑える。
YouTubeにも沢山動画が出ているが、外したあとのパーツの扱い方は様々で、見ていて面白い。コンマスが差し出したゴミ箱に入れる!という衝撃的なパターンや、お客さんに「ちょっと持ってて」というパターン、机を用意して順番にならべるパターン、楽器ケースに順番にしまっていき、最後は蓋を閉めて立ち去るパターン等色々ある。
他は良いとして、ゴミ箱パターンはちょっと楽器が心配になってしまう。
私が生で聴くのは二度目だ。一度目は京都市交響楽団の主席クラリネット奏者、小谷口 直子さんの演奏だった。この時は「持っててね」パターンで、隣の席の女の子がカチカチに緊張しながら、ベルを捧げ持っていたのがほほえましかった。
中さんのリサイタルではウサギに扮したパフォーマーが登場しクラリネットケースを差し出して、中さんから一つ一つのパーツを受け取ってしまっていた。最後は中さんとウサギが一緒に退場。
このウサギも来年のリサイタルの宣伝だそうだ。来年も予定が空いていますように!と心の中でお祈りする。
師匠のK先生は
「楽器を分解してしまうとお客さんも『あともう一曲』とはならないので、凄く疲れる演目が続いた後のアンコールによくやります」
等と冗談交じりに仰っていたが、今回の中さんのリサイタルの演目を考えると本当にそれが理由だったかも、と思う。
ただ、楽器を本来の完成した形とは違う状態で演奏するので、ちょっとしたコツが要る。上管だけになると指かけがなくなる上に、短いから音程が上がる。だから管に指を突っ込んで調節する。
速度もだんだん上がるし、大変と言えば大変な曲だ。だがお客さん、特に子供は大喜びする。まさか中さんのリサイタルで聴けるとは思わなかった。
忙しい週だけれどやっぱり行って良かった、と大満足で帰りの電車に揺られて帰ってきた。
こういう事があるから、日頃頑張れる。
中さんのご活躍を心からお祈りしている。