アイツなら大丈夫
その人は夫の竹馬の友である。というか、小学校も中学校も高校も大学も、全て同じ所に進んだ人である、と言った方が正しい。小学生の時など夫が家に帰ると、その人が先に居間のコタツに潜り込んで宿題をやっていたことが何度もあったそうだ。逆もまた然りで、夫も向こうの家に家族のように出入りしていたという。
その人は夫と同じく理系人間だった為、会社こそ違えど同じようにメーカーに就職した。が、その人は二年ほどでそこを退社してしまった。
そこから彼は、我が夫とは全く違う人生を歩み出した。
彼はとあるスポーツに夢中になっていた。一会社員として人生を終えるより、そのスポーツに人生を捧げたいと考えたようだ、と夫は言っていた。
退社して間もなく、彼はそのスポーツで有名な、ある学校のコーチに就任した。高校の同窓会で会った彼は、目を輝かせて「とても楽しい」と言っていたそうだ。
程なくして彼はコーチから監督になった。強豪のチームを率いて、何度か全国優勝もした。それでも「学生が頑張ってくれたから」と自分のことは全部棚に上げて、いつも学生を褒めたたえていたそうだ。
「素晴らしい生き方をしている人間は、目が輝いている」
同窓会で話して帰ってくると、夫は決まって彼を絶賛していた。
それからまた数年が経った頃、その学生スポーツを巡って、ある大問題が起きた。社会問題にもなり、ニュースでも何度も取り沙汰された。その学校の学生はさぞ辛い思いをしていただろう。監督は辞任し、学校の理事長は退任したが、学生たちはその後どうなるのだろう、と誰もが思った。
しばらく経って、その学校の監督に就任した人の名をニュースで聞いて、私達は大変驚いた。
夫の友人、その人だったのである。
そのニュースを聞いた時、出勤の用意をしていた夫が手を止めて、
「アイツらしいな」
と画面を観ながら呟いたのを、私は忘れることが出来ない。
「アイツな、子供の時から誰かが虐められてたら、相手が上級生でも身体はって助けに行く奴やったんや。今回も学生が気の毒で見てられへんかったんやろう。火中の栗を敢えて拾いに行ったんやな。こんな難しい状況やのに。相当覚悟したんやろうな。ホンマに昔から変わってへん。アイツらしい」
夫の言葉には、心配と称賛と、静かに応援する気持ちが滲み出ていた。
その後、他校と交流試合を再開したなどの復活の話をボツボツ聞く度、私達は
「頑張ってはるんやなあ」
と噂していた。夫は
「アイツやったら絶対大丈夫や。学生もアイツにやったら、きっと信頼してついて行こうと思えるはずや。理不尽な圧力なんて、アイツは一番嫌いやから」
と珍しく強い調子で言っていた。
きっと彼の許で元のような強豪校に戻っていくだろう、と私達は信じて疑わなかった。
最近、その学校がまた大問題に揺れている。彼も事情聴取を受けたようだ。
そのニュースを聞いた夫は言葉をなくしていた。
「やっと元に戻りつつあったのにな・・・」
夫までとても悔しそうに見えた。
昔のニュースが蒸し返される。確かに酷い話ではあったし、過去は消せないからしょうがないのだが、私までなんだか悔しかった。彼のコツコツ積み上げてきた努力が、一瞬で無にされるような気がした。
ニュースによると学生たちは今、再び活動を中止しているらしい。彼もきっと激しく残念な気持ちでいっぱいになりながら、事の対応に追われている事だろう。責任感の強い彼が、自分を責めていないと良いのだが、と思う。
「アイツは大丈夫や。絶対大丈夫や。必ず立て直す」
夫はずっとそう言っている。
私達には何もできないが、彼を信じて見守りたい。そう思っている人間は、きっと彼の周りに沢山いるはずだ。
彼は正しい。復活しないなんて、あり得ない。
そんな祈るような思いで、夫婦してニュースを聞く今日この頃である。