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ビギナーズラック?

レジの仕事を始めて約半年になるが、なぜか滅多に起こらない事態に遭遇することが多く、職場の同僚や上司に不思議がられている。

ウチのスーパーには『コインスター』という両替機が設置されている。
大量の小銭を入れると入金額を印字したレシートが出てきて、そのまま金券として店内で使える、というものである。今どきは、硬貨を銀行や郵便局の窓口でお札に両替しようと思うと高い手数料を取られるし、ATMでの入金にも枚数制限が設けられていてなかなか厄介であるから、こういう機械を使ってみようか、という方もいるのだろう、とは思っていた。
が、この機械も銀行ほどではないにしても手数料は取られるし、スーパーにわざわざ大量の硬貨を持ち込む人なんてあまりいない。なので、覚えることがいっぱいの入社したての頃はそんなものの存在に全く気を配っていなかった。
ところが入社して1週間くらいした頃、このコインスターのレシートを持ったお客様が私のレジに来られ、
「全額ここで換金できますか?」
とお尋ねになった。
私にわかるわけがない。レシートを見るのも初めてである。
まだ研修期間中だったから、トレーナー役のベテラン社員Mさんがそばにいてくれたので、すぐ尋ねた。が、そのMさんも
「え!これ、お買い物には使えるけど、換金ってどうなんだろう?知らない…ちょっと待っててくださいね」
とあちこちに尋ねまわってもらうことになってしまった。
結局、サービスカウンターでのみ全額換金が可能、ということだったのだが、6年レジにいるMさんでさえ初めての経験だったという。

電子マネーでのお買い上げは結構多い。Suicaなどはチャージできる金額が少ないせいか、1000円以内の、割合細々したお買い物が多い印象である。なのでSuicaで買い物をされたお客様が返品に来られる事は滅多にない。
ところが、ある日これが私のいるレジにやってきた。
現金やクレジットカード、プリペイドカードでの返品も、マニュアル本を見ながらえっちらおっちらやっている人間に、そんな超応用編が来られても困る。大急ぎでインカムで社員のYさんを呼び、一緒に対応してもらって事なきを得たのだが、
「電子マネーの返品って初めてした~」
というYさんの言葉を聞いて、私はびっくりした。だってYさんは入社15年目の大ベテランである。
「初めてだったんですか?」
「うん、この前レジ専任者研修でたまたま勉強したばっかりだったの~。よかったあ~」
そんな滅多に来ないものが、なぜ…。
「在間さんといると、勉強になるわあ」
と喜んでいる仕事熱心なYさん。何か違う気がする。

先日の連休明け、流石に忙しさも昨日までだろうと高をくくっていた私のところに、とんでもない事態がまたやってきた。
朝の勤務は大抵1時間ほど一人きりである。お客様が少ないし、掃除などの業務は一人で十分だからだ。
慣れないうちは社員が必ず一人ついてくれたが、最近は少しずつ『放置』されるようになってきている。
その日もスムーズに床掃除を終え、2人ほどアクセサリー購入のお客様の接客を終えて、鏡を拭こうと雑巾を探していると、
「あの、すいません、これ」
と若い男性がおずおずと一枚の紙をレジ台に差し出した。
それを見た瞬間、私は
「キター!」
と叫びたくなった。決して喜んだのではない。
予約したランドセルの引換券だったのである。

ランドセルの引き換えは手間である。
まず、バックヤード二階のランドセル置き場まで全力疾走しなければならない。取って帰ってきた後、中を出してお客様に傷などないか、一緒に確認して頂く作業も必要だ。値札は回収し、保証書に日付を入れて説明し、箱に戻して袋に入れ、駐車券の要否を忘れず聞き、丁寧にお見送りする。
お見送りした後は、予約から本当の売り上げに変わったことをレジで打ち込み、予約伝票に済のチェックを入れ、来店未済の付箋を外して完了である。
つまり、無茶苦茶時間がかかる。

たった一人の平日の朝にこれが来るなんて、まずない。
しょうがないのでインカムで助けを呼びまくる。レジだって私がバックヤードに行けば空になってしまう。誰か来てくれー!おーい!
靴・服飾部門は衣料品の仲間なので、衣料品のメンバーが何人か駆けつけてくれた。昨日着任したばかりの社員のYさんが、
「レジは打つから、ランドセルのお客様やってね」
と言って下さる。後光がさして見える。
あんまり私がインカムで大騒ぎしていたので、食品の責任者のKさんが、
「服飾大丈夫?行こうか?」
と言ってくれた。何とかなった旨、お伝えしお礼を言う。有難いけど、恥ずかしい。

件のお客様が帰られた直後、Mさんが出勤してきた。
「ランドセル、来たんですー」
と半泣きで言ったら、
「平日の朝一に来られるって、あんまりないのにねー。私は経験ないよ。在間さん、ほんっと珍しい事ばっかり会うねー」
と目を丸くしている。やっぱり珍しい事だったようだ。

大勢の方に助けて頂いてなんとかなったが、滅多にない事の対応はぐったり疲れる。ビギナーズラックも、もうそろそろ遠慮したい。