なぜかのご縁
特に親しくしていた訳でもないのに、人生の途中で不思議と幾度も出会う人、と言うのがいる。私の場合は高校の同級生のX君がそうだ。
彼は熱心にラグビーをやっていた。キツイ練習のせいか、放課後以外はいつも寝てばかりいた。多分殆ど授業を聞いていなかったと思う。失礼だが、成績は下から数えた方が早かった。
私の彼に対する認識はその程度だった。
一年生の二学期終わりの三者面談の時、廊下で母と順番を待っていると、教室から担任の大きな声が聞こえてきた。
「まあその、部活に熱心なのはよろしいんですが、授業中にですねえ…」
私の前は誰だったっけ、と考えていると、しばらくして中にいる生徒のお母さんらしき女性が爆笑するのが聞こえてきた。母と顔を見合わせてプッとふきだした。なんて明るい三者面談なんだろう、と思った。
間もなく私の前の生徒の面談が終わった。ドアを開けて出てきたのはX君とお母さんだった。X君はバツが悪そうにちょっとだけ私達に頭を下げて、笑っているお母さんにポコンと頭を叩かれながら帰っていった。
二年生もX君と同じクラスになった。彼は相変わらず寝てばかりいた。
しばらくしてX君のお父さんが不慮の事故で亡くなった。お葬式にクラスの全員で行ったら、親族席に私の中学校の時の先生が座っていたのでちょっとびっくりした。そういえば同じ苗字だった。田舎って狭い。
俯いて制服姿で正座しているX君と、あの時は朗らかそうだったお母さんの疲れた様子を、気の毒な思いで見ながら帰ってきた。
三年生も同じクラスになった。みんなが大学受験に向けて必死な中、X君は花園目指して頑張っていた。確か出場したはずだ。授業中はやっぱり寝ていたけれど。
特に会話を交わしたこともなく、興味も関心もなかったから、卒業後の進路は全く知らなかった。
それきり、私が彼のことを思い出すことはなかった。
大学二年生のある日、私は図書館の前で友人と待ち合わせていた。ふいに後ろから
「なあ、もしかして在間さん?」
と声をかけられて振り向くと、X君が立っていた。とても驚いた。
地元の大学ならわかるが、そうではない。学生数は万単位である。会う確率はかなり低い。
同じ高校から同じ大学に進んだ同学年の生徒の顔は大体知っていた。確かX君はいなかったはずだが、と思って彼を見ると、
「オレ、三年のギリギリまでラグビーやっとったやん?一年目、大学受験全敗やってん。一浪してここの文学部」
と言って照れ臭そうにニヤニヤ笑った。
「へえー!そうやったん!」
高校生の時は一度も喋ったことはなかったのに、不思議なものだ。会話は友人が来るまで結構はずんだ。
じゃあね、と手を振って別れたきり、結局卒業まで会うことはなかった。そして会ったことすら忘れかけていた。
それからまた随分経って、ウチの妹が転職する、と言い出し、実家の地元の大手企業の面接を受けに行った。帰るなり、
「なあ?姉ちゃんの高校の同級生にXさんっておったよなあ?中学校のX先生の親戚の?」
と首をひねりながら言うので、
「うん、居たで。なんで?」
と言ったら、
「今日の面接官、多分その人やってん。本社の結構偉いさんやで」
と言うのでびっくりしてしまった。
結局妹はそこに受かり就職した。X君は本社の人事部の役職者だった。その日面接官としてたまたま来たようだ、と妹は言っていた。
「左手に指輪してたから、結婚してるってことやね」
と妹はしっかり要らない情報も提供してくれた。
特に私のことを聞かれることはなかったと言っていた。でも私の妹だって、きっとわかってただろうと思う。
X君との不思議なご縁はここまでだ。だから結局交わした言葉と言えば、大学時代の図書館前での、あのほんのちょっとの会話だけである。
妹はまた転職してしまったけれど、X君はまだあの会社にいるのだろう、と思う。地元で就職したんだなあ。独りになったお母さんが心配だったのかな。
同窓会にも永らく参加できていないけれど、行けたら今度こそちゃんとX君と喋ってみたい。
「なんかよく会うよねえ?」
と言ったらきっと笑って同意してくれるだろう。今度は会話もはずむに違いない。