間に合わなかった秋
「ミツルちゃん!久しぶり。ご無沙汰やでえ」
玄関を入ってすぐに携帯が鳴ったので取ると、元気な声が聞こえてきた。
「あ、Kさんですか!ご無沙汰しています」
関西に住む夫の従姉妹、Kさんである。
私は墓参りの時や親族の冠婚葬祭で何回か顔を合わせた程度だが、人懐っこく優しい人柄が大好きになった。いつも気軽にミツルちゃん、と呼んで下さるのがとても嬉しい。
「大変でしたね。お参りも行けずにすいません」
Kさんはつい先週、ご主人を亡くしたばかりである。
少し前からあまり良くない状態らしい、というのは聞いていたが、あまりに突然だった為、夫と二人してとても驚いた。
香典も辞退し、身内だけの家族葬にされたのだが、やはり手を合わせたかった。遠くに住んでいると、こういう時とても歯痒い。
「うん、やっと昨日くらいから落ち着いてな」
「お疲れ出ないようにして下さいよ」
「おおきに。そっちも暑いし、あんたも疲れてへんか?」
「ありがとうございます。こっちは関西より気候が安定していて住みやすいですから、大丈夫ですよ」
気遣いの人、Kさんらしい言葉に気持ちがほぐれていく。
Kさんの夫は大変舌の肥えた人で、美味しいものをよく知っていた。
病気療養中というのを聞き、
「何かとびきり美味しくて、身体に良さそうなものを見舞いに贈ろう」
と夫と二人、ああでもないこうでもない、と考えていたのだが、相手が大変グルメなので、下手なものを贈れない。オマケにこっちは大した名物がないときている。
ウンウン悩んだ挙句、我が家全員の大好物、中津川の『すや』の栗きんとんにした。
余計な混じり物がなくて、素朴で、季節を感じられて丁度良い。グルメなKさんの夫もきっと喜んでくれるに違いない。これを食べてちょっとでも元気を取り戻してくれると良い。
二人して良いお見舞い品があったね、と喜んだ。
九月から販売開始、ということだったので、急いで予約を入れたのが八月の末。到着予定は十一日だった。
だがその四日前に病状が急変し、Kさんの夫は帰らぬ人になってしまった。
訃報に接して夫と二人、言葉を失った。
食べて欲しかった人のもういないKさん宅に、栗きんとんはちゃんと予定日通りに届いた。宛名は亡きKさんの夫名義である。急なことでしょうがないとは言え、申し訳なくてならなかった。
電話はこの栗きんとんの礼だった。
「おおきになあ。お父ちゃんこういうもん好きやったさかい、喜んではるわ。早速仏壇に進ぜたで」
間に合わなかったのが心底悔しくて、目の奥がツンとした。
私は訃報を聞いてすぐに見舞いを兼ねて、亡き人宛に送ってしまった失礼を詫びる手紙をKさん宛に送っていた。
生前のKさんの夫は、豪快で飾らず、真直ぐでカラッと明るい、魅力的な人だった。数回しかお目にかかったことはないが、そのさりげなく優しい人柄はのんびりした妻のKさんと好相性で、本当に良い夫婦だなあ、とお目にかかかる度に思っていた。
見舞いと詫びの言葉と一緒に、そんな事を少し手紙に記した。
「ミツルちゃん、手紙もありがとうなあ。お父ちゃんのこと、よお分かってくれててんなあ。ありがとうやでえ」
Kさんは明るくそう言って、亡くなる前のご主人の様子を少し、話してくれた。
Kさん宅は地元で小さなスーパーを経営していた。田舎のことで近所の人に重宝がられ、Kさん夫婦の人柄もあり、なかなか繁盛していた。
そのうち、
「スーパーまで行けなくて困っている」
というお年寄りが近隣地域に沢山居るのを知り、それなら自分が近くまで行こう、と移動販売を始めた。
三ヶ月前には余命を切られたにも拘わらず、身体が動くうちは、と週に何日も軽トラックで片道三十キロの道のりを自ら運転して通った。
運転のできないKさんは荷物の上げ下ろしを手伝う為、朝五時半過ぎには夫と一緒に家を出た。
「そやかて私、お父ちゃんがやりたいこと、手伝ってあげるしかないやん?」
驚く私に、Kさんはそう言って明るく笑った。
「もう十分生きてきたとは思うけど、欲を言うなら後五年くらいは生きていたいなあ」
息を引き取る前日、小さい声でそう言って、ご主人は笑っていたそうだ。
胸に応える言葉に、また涙腺が怪しくなった。辛うじて言葉を絞り出した。
「惜しい方でしたね」
「ありがとうなあ。そう言うてもらえて、お父ちゃんは幸せもんやで」
Kさんはそう言って笑った。
静かに前を向こうとしているKさんの息災を、心から祈りながら電話を切った。
長すぎる夏が恨めしかった。