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ここはあなたの家
「今日、帰ってもいい?」
息子から突然連絡があったのは、昨日の昼前である。
「いいけど、電車動かなくなるやろう?そっちで明日以降用事は大丈夫なん?」
よりによって、巨大台風接近中の今なんで来るんだろう・・・と思いつつ返事すると
「じゃあ、三時頃に行くわ!」
と元気そうな返事だったので、取り敢えず安心する。
「夕飯は何が食べたい?」
と訊くとすぐさま
「野菜食べられてへんから、いっぱい食べたい!」
ときた。
了解、と返してさあ忙しくなるぞお、と頬が緩む。
激しく降ったり、急にぱかんと晴れたり、の丁度晴れた合間に息子はやってきた。
「ただいま」
こちらに来て暫くの間、息子とは全く断絶状態だった。お互いの壁を乗り越えてからは普通に行き来出来るようになったが、初めのうち、息子の『ただいま』はぎこちないものだった。
なんでもないその言葉が、今はなんでもなく感じられるのがしみじみ嬉しい。ああ、幸せだなあ、良かったなあ、と心から思う。
「お帰り。降られへんだか?」
「うん、どこでもギリギリセーフ」
息子は折り畳み傘をしまうと、私の用意した部屋着に着替えて、居間の畳にごろんと横になって、大きく伸びをした。
「あー、実家ってリラックス出来るなあ!」
この言葉が息子の口から出るようになるなんて、思ってもみなかった。
彼にとって長い間、実家は『帰る義務』のある、『自分の自由がない』、『気づまりな』空間だったに違いない。それは私にとって、自分の実家がそういうところだったことと、そっくりそのまま同じだったのである。
彼は帰ってくることを疎み、終いには帰ってくるどころか、私達と没交渉になってしまった。
愚かな私達は、その原因をひたすら彼に求め、なんとかコントロールして元の彼に戻せないか、七転八倒した。彼が何を我々に求め、気付かせようとしているのか、ということはそっちのけだった。
結果、家族は長い間、バラバラ状態だった。
それぞれが苦しく重い物を胸の中に抱えたまま、時だけが虚しく過ぎた。
私が自分の人生を生きようと決め、自分に集中していくにつれ、家族はそれぞれ変わり始めた。
いや、正確に言うと『変わり始めた』のではなくて、そういう現実が起こりうるということに、『私が』気付き始めた、のである。
理想とする家族の現実は、ただ自己中心的で思いやりのない、我儘な願いを唱えていれば、偶然で勝手に、時の流れに任せていれば起きるものではない。
『自分が自分を懸命に生きていれ』ば、自然と形成されていくのだと実感している。
大雨の中、夫が帰ってきた。
「お、来てんのか。いらっしゃい。お前は降られへんだか?」
「うん、大丈夫やったで。おかえり」
こんななんでもない親子の会話が、耳に心地良い。この二人が数年前まで会う度に怒鳴り合っていたなんて、嘘みたいに思える。
夕飯の食卓を家族で囲みながら、今日の幸せをしみじみ有難く思う。
息子は近況を面白おかしく話してくれた。友人のこと、就活のこと。彼の周りには良い人がいっぱい居てくれるようだ。聞きながら、しみじみと有難い思いが胸にこみあげる。
そしてここまで私と私の家族を導き、見守って下さったなほさんに、あらためて感謝の念を深くした。
あの時、私がなほさんに出会えていなかったら、こんな日は来なかったに違いない。
「独り暮らしって、家に帰ってからもなんか緊張感が抜けへんのよなあ。ご飯食べな、風呂入らな、ゴミ出さなって常になんかミッションがあるから」
ゴロゴロしながら息子は緩んだ声でそういうと、そのうちすうすう寝息を立てて寝てしまった。
お疲れなんやねえ。
ここは、あなたの家。思う存分ゆっくりして、鋭気を養って行って頂戴。
デッカイ寝姿に心の中でそう呼びかけて、洗い物をする為にシンクに向かった。
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![在間 ミツル](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/104370820/profile_83f812b17ad86870ebb7f760e2ae362d.jpg?width=600&crop=1:1,smart)