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V.S.!

譜面に細かい連符が続く時、頁が変わる付近に「V.S.」と書いてあると私達はヒエーっと戦慄する。Vは「Volti」の略で「めくる」の意味。Sは「Subito」の略で「素早く」の意味。つまり「さっさとめくりなさい!(次もすぐ吹かなあかんねんで!)」という意味で、急かされている感じがするからである。
オーケストラの弦楽器パートだと、二人で一つの譜面を見ており、一人がめくっている間にもう一人はちゃんと演奏しているから問題はないが、吹奏楽にはそういう有難い制度は普通存在しない。従って自力で何とかするしかない。

こういう時の対処法はいくつかある。
代表的なのは「めくりなさい」と指示のあるページをコピーなどして、同じ譜面を「めくる前に読む分」と「めくった後に読む分」の二枚用意し、どこか長めの休符や音符があるところで指示の箇所よりも早くめくっておくという方法である。これだと焦らなくていい。
このやり方で問題なのは自分がどこまで吹いてめくったか、わからなくなることである。普段は吹きながら譜面を目で追っているので、意識の中に「ここまで吹いた」というのがある。ところがめくると次の譜面の一番上の段を条件反射的に見てしまい、内容が既に吹いたところと重複していることに戸惑い、「あれ?ここもう吹いたよね?いまどこ?」と狼狽えることになりかねない。なので私達は吹いたところまでを大きくバツ印をつけたり、紙を貼って塞いだり、極端な時は切ってしまったりして次に吹く箇所をわかりやすくする。私はめくるところに所に大きく「Volti!」と書き、次ページの既に吹いたところは大きな太いバツ印で消して、吹き始める小節の頭に太い線を引くことにしている。
同じクラリネットのAさんはめくる箇所に「めくれ!」と書き、めくった後の続きの部分に「めくった!」と書いている。大きく矢印を書いたり、赤い花丸をつけたりとみんな色々工夫しているが、「めくった」は初めて見たのでとてもウケて笑ってしまった。
「だって、わからなくなるよりいいじゃん。日本人だし、日本語で書いておこうと思ってさ」
というのが彼女の意見である。一理ある。印象的でわかりやすくて良いかもしれない。

次の休符まであまり長くなければ、めくった直後に吹くことになる部分だけをコピーして切り抜き、前の譜面に貼り付けるという芸当も出来る。が、長いフレーズが続く場合は不可能だし、いびつな譜面になってしまうので下手をするとこの貼り付けた部分だけが付箋のように譜面隠しからはみ出てしまい、なんともみっともないことになる。しかもはみ出た部分は楽譜の持ち運びをする時に傷んで千切れてしまうこともあるので、このやり方はよっぽど短いフレーズが続く時でないとお勧めできない。

楽譜そのものを縮小コピーして、一つの面にめくった後の譜面をくっつけている人も見たことがあるが、我々世代の人間には絶対に出来ない。老眼とは無縁の、若い人にのみ許されるやり方である。
このやり方も、どこまで吹いたかがとても分かりにくくなりやすい。あまりにも段数が多く、目で追うのが辛くなってくるためだ。

昔友人と「足で踏んだら譜面がめくれる機械があったら良いのに」と話していたら、最近は本当にあるようだ。ただし「めくれる」と言ってもタブレットの画面を送っていくものである。
NHKの「クラシッククラブ」を観ていたら、このシステムを使っているアンサンブル団体があって、とても興味深かった。世の中進んでるんだなあ、と妙なことに感心した。

作曲者が譜面を作る都合上、どうしても譜めくりをしなければ書けないフレーズが出てくるのはしょうがないことだと思う。でもなるべくなら妙な小細工をせずに、時間に余裕を持ってめくれる譜面が精神衛生上有難い。
土曜日は自由曲の譜面が配布される。「V.S.」の文字が書かれていないことを祈っている。