イボより気にして欲しいこと
この冬の乾燥は、五十過ぎの肌にも厳しい。
先日風呂に入る前、経験したことのない脚の痒みに襲われ、驚いてズボンをめくって見ると、なんと肌が薄く粉を吹いているではないか。特に皮膚炎という訳ではないから、余程酷く乾燥しているのだな、と思った。
日々の踵ケアの為に使用している尿素配合クリームを、風呂上がりに脚にも擦り込む。毎日続けていると、やっと肌が落ち着いてきて胸を撫でおろした。
関東の冬の乾燥、恐るべしである。
夫は随分前から、頭のてっぺんにイボがある。直径三ミリくらいの、小さなイボだ。
『小さな』と思っているのは私だけで、夫本人は『大きい』と思っている。
しかし頭のてっぺんなので、夫は見ることが出来ない。
なので時折、
「な、イボ大きくなってへんか?ちょっと見てくれよ」
とイボを指でいじりながら、深刻そうな顔をして懇願する。
或いは
「イボの写真撮ってくれ」
と妙なことを頼んでくる。どうしても自分で見たいらしい。
面倒ではあるが大した負担ではないので、いつも渋々応じている。
実際、大きくなってはいない。物差しで測ったりはしていないので正確な大きさは分からないが、一センチ以上になっているなんてことはない。
元々小さいものだから気にする必要なんてない、と個人的には思っている。
が、夫は真剣である。
「前と何も変わってへんやん」
などと言おうものなら、
「お前、エエ加減なこというな。明らかに大きなっとる。触ったら分かるんや」
とイチイチ大袈裟に騒ぐ。
自分で分かるなら、他人に面倒くさいことを頼まなきゃ良いのに。『わあ、大変!こんなに大きくなって大丈夫?』とでも言って欲しいのか?訳が分からない。
だからこの話題になると、さっさと二階に退散することに決めている。
夫は髪が薄い。遺伝的なものだろう。舅もツルツルである。
そう遠くない将来に、故ユル・ブリンナー並みに毛がなくなるのは明白である。
そうなってしまうと、このイボは由々しき問題となる。
来るべき未来に備えて、夫は今からイボをなんとか小さくしよう、と必死になっている。
夕飯後、ネットで検索しては、あらゆる情報を集めている。
どうやらその中に、『尿素配合クリームを塗り続けるとイボが小さくなる』という情報があったらしい。
以来、夫は毎日風呂上がり、イボのお手入れを欠かさないようになった。
見ている分には甚だ滑稽だ。何故尿素配合クリームでイボが小さくなるのか、まるで理解出来ない。ゴワゴワしたイボから、ツルツルしたイボに変わるだけのように思う。
もしこのやり方で本当にイボが小さくなるのなら、世の中の皮膚科の収入は激減するかも知れない。
科学的根拠が分からない治療法を必死になって試すあたり、姑に瓜二つである。ちょっと考えれば荒唐無稽なことだと分かるのに、ひたすら盲信する。やはり変人だ。とっくに諦めはついているけれど、何年経っても慣れることはない。
くだらないことを検索する暇があるのなら、電子申告のやり方を調べて自分でやって欲しい。
夫は今年から確定申告が必要になるのだが、
「お前、調べてやっといて」
と丸投げなのである。
友人知人の誰に訊いても、嫁さんに確定申告をさせているなんて聞いたことがない。高齢のウチの父ですら、毎年自分で申告しているというのに、全くやろうとしない。怠惰の極みだと思う。
怪しげなイボの治療法を調べるより、自分の確定申告くらい自分でしろ!と声を大にして言いたい。
しかしTHE天邪鬼の反撃は大方想像がつく。その後のやり取りの面倒臭さを考えると、気分が滅入る。結局やらねばならないのなら、このままの方が百倍マシである。
もうエエわ、絶対あんたより先に極楽に行ってやるから覚えとけ!このイボ野郎!
嬉々としてイボのお手入れをする夫を横目で見ながら、密かに決意を新たにしている。