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虫がうずうず

休日には必ず散歩に出かける。五キロほど歩く。
必ず立ち寄ることにしているのが地域にある神社だ。小さいが建てられたのは鎌倉時代、裏には墳墓もある。誰の墓かは知らないが、随分古いもののようだ。
初詣や七五三などの時は大勢の地域の人で賑わっているし、お参りに行くと必ず誰かしらに出会う。
地元の氏神様、といったところだろうか。

普段の管理は、地区の老人会が担っているようだ。
時折掃除している方を見かけるが、同じ人に会ったことがないので当番制ではないか、と思われる。
人によっては丁寧に掃き清めているが、ぞんざいなやり方の人もいる。つい最近見かけた方など、集めた落ち葉を荒っぽくまとめて、裏の森の中にざあっとと適当な感じに放り投げていた。前に見かけた人は袋に詰めていたので、余程面倒くさかったのだろうと思っている。場所が場所だけに、罰当たりな話である。
こんな調子だから、掃除の仕方はいい加減だ。長い間、掃除していないことも多い。

先週と先々週、二日連続で参ったが、階段の落ち葉とどんぐりが酷い。滑って転びそうなくらい落ちている。ちょっと危険を感じるくらいである。
境内も参道も、『神様の通り道』なのに、なんてことだろう。これでは神様も滑ってしまうではないか。
見るに見かねて、箒でもあれば掃除しよう、と思ったのだが、生憎老人会の掃除用具入れには南京錠がかかっていた。
社務所は大抵無人だ。掃除したいなら、自分で用具を持参せねばならない。
家からこの神社まで約三キロある。ちょっとした繁華街も通る。
箒と塵取りを提げて歩くのは、流石にどうだろう、と思った。

しかし、掃除の虫がうずいてしょうがない。
階段と境内にうずたかく積もった落ち葉が、『早くなんとかして下さい』と言っているような気がする。

「ねえ、神社掃除しようと思うねんけど、どう思う?」
変な問いだとは思いつつ、コタツでウトウトしている夫に相談してみた。
「エエやん!めっちゃご利益あるんと違うか!」
夫は半分面白そうで、半分面倒くさそうである。
しかし、このいい加減な返事に背中を押されて、
「別にご利益はどうでも良いけど、したって怒られへんよねえ」
と俄然計画は現実味を帯びてきた。
「じゃあ、明日箒と塵取り持っていくか・・・買い物は後でもう一回出かけることにして」
ブツブツ言っていると、夫は身体を起こした。
「お前、本気?変な奴やなあ。やめとけ」
眉間に皺を寄せて、呆れたように言う。

「なんで?」
今度はこっちが眉間に皺を寄せる番だ。
「あそこの階段、めっちゃ急やんけ!お前どんくさいのに、うっかりして落ちたらどうする?あんな階段、一流のスタントマンでも怪我せえへんかと思うくらいやないか!やめとけ、やめとけ。地元の人に任せろ」
やはり先程は本気ではなかったのか。
黙って唇を尖らせる。
掃除したいのにい。

確かに件の神社の階段はかなりの急勾配である。段数も多く、お年寄りや小さな子供は辛そうに昇り降りしている。
オマケにコンクリートが劣化してあちこち剥がれているので、余計に危ない。
落ちたことはないが、慣れない作業をすれば分からない。
夫の苦言は悔しいが当たっている。

泣く泣く掃除するのを断念して、その日も普通にお参りに行くことにした。
こっそり箒と塵取りを持ちださないか心配だったのか、夫は
「オレも行くわ」
と言って、珍しくついてきた。
監視せんでも大丈夫やのに、とむくれながら一緒に歩く。

到着すると、どうだろう。参道が綺麗に掃き清められていた。
何かスッキリする。清々しい。
「キレイやんけ」
夫は面白そうに振り返って、ニヤニヤした。
「うん」
悔しいけどそう言うしかない。
夫に続いて階段を昇る。
階段も全て、この前までが噓のように綺麗にされていた。滑る心配はなさそうだ。
無事に本殿に到達し、二人で手を合わせた。

神様のおわすところが、綺麗になって良かった。
今度からは、私の掃除の虫がうずうずする前に綺麗にしておいてもらいたい。






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在間 ミツル
山崎豊子さんが目標です。資料の購入や、取材の為の移動費に使わせて頂きます。