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傍聴席のカケラ|第15話|弁護士

本部へと移された事件の管轄。

これには理由があった。

「被疑者を勾留こうりゅうします」

一人の検察官が入ってくるや否や、その検察官は私を見て、すぐ勾留請求を行った。

勾留とは、逮捕の後の身柄拘束期間のこと。通常、10日ほどで釈放される。しかし、私の場合、さらに期間を伸ばされることになった。

検察官が勾留を請求しなければ、被疑者である私は今頃釈放されている。

一般的に、被疑者が次の三つのいずれかに該当すると判断された場合、勾留請求が行われる。

「住居不定」
「証拠隠滅の恐れがある」
「逃亡の恐れがある」

現段階では、全てに該当すると判断されたことになる。

特に、三つ目の逃亡の恐れに関しては、『霊能者』という未知な能力を懸念して下した判断であると、検察官から伝えられた。

体が少しずつ衰退していくのが分かる。

そんな私の隣りで、若手の警察官が電話をし始めた。
 



「警部、被疑者に勾留請求が行われました」

「何!? 弁護士はどうなってる?」

「それが、今も連絡がついておらず、署に現れないんです」

「供述調書は? 彼女は何か喋ったのか?」

「いえ、何も。ですので、早く不起訴処分の証拠がほしいんです。警部、そちらはどうですか?」

「あれから捜索は続けているが、まだ何も見つかっていない。ただ一つ、分かったことがある。麻也が追っていた被疑者は、水晶術詐欺集団の連中だ。奴らは『六花ろっか』と呼ばれる独自の言語を使い、連絡を取り合っている。分かったことはそれぐらいだ」

「六花ですか……分かりました。私も調べてみます」

「何か分かったら連絡をしてくれ。それより、早くその弁護士を探し出さないとな。警察官が弁護士を連れてくるのは異例なことかもしれんが」

「そうですね……」
 



「まさかこんなところに住んでいるとは」

若手の警察官は、直接現地へ向かうことにした。

山奥にある一つの小さな古屋。

弁護士の情報を頼りに捜索していると、この古屋に辿り着いた。

辺りは閑散としており、人が生活している形跡は見られない。ただ、ボロボロの郵便ポストに手書きで書かれている住所は、弁護士の情報と一致していた。

若手の警察官は、玄関を叩いた。

しかし、返事がない。

何か、周りからクマやイノシシでも出てくるのではないかと、辺りを見渡しながらソワソワしていると、

「誰だ? こんな山奥で。迷子にでもなったのか?」

中から髭の生やした白髪の男性が現れた。

「いらっしゃったんですか! すぐに警察署へ来てください。被疑者が待ってますよ」

「被疑者? 何のことだ? 私は、だいぶ前に弁護士を引退したが」

「引退!? 山村弁護士ですよね?」

「そうだ。誰かと間違えているのではないか?」

「いえ、そんなはずは……。ここに住所だって……(そういえば、誰が弁護士を呼んだんだ?)」

その言葉を聞いた山村弁護士は、若手の警察官が持っている紙を手に取った。

「こりゃ、たまげた。昨日見た夢と同じじゃないか」

山村弁護士は、宛先に書いてある文字を見て驚いた。

達筆な字で綴られた文章から放たれる独特の雰囲気が、今朝見た夢と全く同じだったからだ。

そのまま黙り込む山村弁護士。

その文字を人差し指でなぞるように触れると、眼を見開いた。

「まさか、こんな日が来るとは。これは何かの縁だ。私をその被疑者のもとへ連れていってくれんか?」

若手の警察官は、その意味が理解できないまま、山村弁護士を連れて警察署へと戻った。





「昨晩、墨田区にある4階建てのアパートで、何者かが部屋へ侵入し、男性一人を殺害した模様です。警察によりますと、その男性は弁護士で、以前、同じ墨田区内のマンションで40代警察官を殺害した疑いで逮捕された占い師の女性の弁護の依頼を受けていたとのことです。警察は、この二つの事件の関連性を視野に捜査を進めています」

私の弁護を担当してくれるはずだった弁護士は、自宅で殺されていた。

だが、それとは別に、依頼がなぜか引退した山村弁護士のもとへ届いていた。

私は、手錠をかけられたまま、山村弁護士とガラス越しに面会した。

「千代さんですか。初めまして。私、15年前まで弁護士をしておりました、山村と申します」

そう言うと、山村弁護士は、古い弁護士手帳を見せてくれた。

「えっ!?」

思わず声が漏れた。

その弁護士手帳から入ってくる情報から、山村弁護士が、かつて麻也が捜査していた事件を担当していた弁護士だったことが分かった。

霊視しようとしたわけではない。

突然目の前に出された手帳から語り掛けられるように、頭の中で文字が浮かび上がってきたのだ。

私の表情を見た山村弁護士は、

「すみません。突然面会に来てしまって。何かありましたら、ご連絡ください」

こう言うと、すぐに立ち上がり、面会終了の合図をした。

「すみません! 私の弁護をお願いできないでしょうか?」

警察署に来て、初めて言葉を発した。

山村弁護士はその言葉を待っていたかのように、私の方へと振り向き、

「もちろんです」

こう応え、部屋をあとにした。

そのやり取りを間近で見ていた若手の警察官は、私と山村弁護士の間で何が起きていたのか、全く理解できていない様子だった。





「勾留請求を却下いたします。これは、間違いなく冤罪です」

山村弁護士は、15年ぶりに弁護士バッチを付け、千代の保釈を要求した。

たった数時間で情報を整理し、千代からの供述をもとに山村弁護士は、彼女の冤罪を確信した。

警察側の供述を頭に入れた後、SNSでの拡散内容などから、事件当日、千代が外出していることが証明されていると訴えた。

「すでに勾留請求は裁判官へ申請済みです。仮に、保釈したところで帰る場所なんてないでしょ。ここに居れば、被疑者の千代さんも安心して過ごすことができるのではないですか」

検察官とは思えない発言。

これに対し、山村弁護士は反論し、訴えたが、検察官は聞き入れなかった。

何か不穏な空気を感じる。

明らかに、千代を陥れようとしている。

警察官が被害者の今回の事件。長引くのは目に見えていた。

「必ずあなたを解放します。それまで一切、警察からに要求に応じないでください」

千代は、山村弁護士に頭を下げた。

すると、若手の警察官が慌てた様子で入ってきた。

「先程、死亡した被害者の鑑定結果が出ました。麻也警察官ではない別の人間のDNAが検出された模様です」

千代は、その言葉を聞いて、涙を流した。
 



ところが、翌日の報道は違った。

「警察は、先日墨田区内のマンションで発見された遺体について、DNAの鑑定結果、行方不明となっている向島警察署の警察官、花瀬麻也さんであることが判明したと発表しました」

昨日聞いた鑑定結果とは真逆の情報が流れていた。

山村弁護士が、報道を受け、警察側に強く抗議したが、

「報道側の問題」
「本部の管轄となっているため、詳細が分からない」

などと言われ、対応してもらえなかった。

それでも、私は、まだ麻也が生きている可能性があることが分かって、安堵していた。

しかし、彼の所在が分からない今、自分ではどうすることもできない。

探しに行くことすらできない自分を恨んだ。

能力があっても、何の役にも立たない。

そんな私を、山村弁護士は慰めてくれたが、聞く耳を持てるほど、心に余裕はなかった。

「私の話を聞いてくれるか? 実は、18年前、私は一人息子を亡くした。よく出来た真面目な息子でな。可愛かったんだよ、私に似ていないところが。そして、息子は夢だった警察官になった。しかし、ある事件を捜査していたときに、別の事件に巻き込まれ、息子は命を落とした。だが、その捜査していた事件が急に打ち切られてな。それから息子が追っていた事件を、私が一人で追っていたんだが、証拠に関しては全て警察が関与していて、それ以上は調べられなかった」

山村弁護士は、当時を思い出し、悲しみに暮れている。

「まずは、自分を守ることが先決だ。彼が生きていると分かった以上、ここで落ち込んでいるわけにはいかない。千代さん、どんな事があっても、自分を一番大切にしなければならんぞ」

私は、首を縦に振った。

しかし、それでも、この不穏な状況から抜け出すことはできなかった。
 



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早坂 渚
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