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天満月オークション-女神の追憶-|第4話|街並み

「ありがとうございます」

リノがこう言うと、女性は、黙って空洞から出てきた。

その時、リノは、初めて彼女の姿をまじまじと見た。

まだ幼いリノからすると、明らかに身長が高い。しかし、なぜか若さを感じる。

「お前、まだ子どもか? なぜ、ここにいる?」

彼女は、ターバンから見えるリノの髪を見て驚いた。

「お前、もしかして、日本人か? そうか、まだ生きてたか」

「……」

「何だ?」

「その手に持っている物、それ、僕の宝物です。返してください」

「あ、すまん。お前の物だったとは……待て、それなら話は早い。私について来い。そしたら、この植物を返してやる」

リノは、渋々、彼女についていくことにした。
 



日が暮れると、気温が一気に下がり、砂漠地帯は極寒になる。

麻袋に植物を入れ変え、引きづりながら歩く女性。リノは、その後ろを身体を震わせながら歩いていった。

次第にガスの臭いが充満し始める。

「もうすぐ着くぞ」

リノと女性の目指していた場所は、同じだった。

「もう一人、子どもが来るのか?」

「はい」

すると、遠くから重機の音が聞こえてきた。

「奴らに見つかったらおしまいだぞ」

その時だった。

「リノーー!!」

「テッセン! こっちだ!」

リノとテッセンは、約束通り『例の場所』で再会した。

「いやぁ、よかった。生きてて」

「こっちこそ、置いてってごめん。正直、捕まったと思ってたよ」

「昔から運だけは良いからな。そう言えば、これ、逃げながらちゃんと持ってきたよ、ガスマスク」

「おお! 凄いな、テッセン。あと、テッセンが言ってた川、あったよ」

真っ黒に輝く、油まみれの川。

魚の死骸からガスが発生しているため、この川へ近づく者はほとんどいない。

「それで、女性は見つかったのか?」

「え? 隣りにい……あれ?」

さっきまで隣にいた女性の姿が見当たらない。

「さっきまでここにいたんだけど……」

「何してる! こっちへ来い!」

すでに、彼女はガスマスクをつけて、一人で木製の手漕ぎボートを川へ移動させていた。

こうして、リノとテッセンは、初めてオークション会場を後にした。




「テッセン、手が止まってるぞ!」

「は、はい」

もっとハイテクな船を想像していたテッセン。

つい文句を言ってしまい、1時間オールを任せらてしまった。そのため、彼はすでに疲労困憊。

「テッセン代わるよ」

「わるい! ちょっとだけ寝るわ」

テッセンに代わり、リノがオールを漕ぐことにした。

真夜中にギコギコと音を立てながら進むボート。呼吸をするたびにガスマスクから息が漏れる。

もし、マスクがなかったら、とっくに三人は死んでいたかもしれない。

オールが魚の死骸に当たるたびに、全身に虫唾が走る。リノは、目を瞑りながら、必死にオールを漕いだ。

未だに、戦車の音が、遠くから聞こえてくる。

しかし、近づいてくる気配はない。余程、この川に近づきたくないのだろう。

それに、近づいたところで、ガスで覆われていて、目の前が見えない。

本来、高いところから下流へ流れるはずの川。

今は、泥状に滞っていて、以前のように流れていない。

そんな川をボートで渡るなど、誰も思いつかないのだ。

「今は、どこへ向かっているのですか?」

「我々の街だ。もともと私は、オークションに出て、この植物を持ち帰るために街を出た。つまり、これは計画的なもの。ただ、お前たちがついてきたのは予定外だがな」

「一つ聞いても良いですか?」

「何だ?」

「先ほど言っていた『日本人』って何ですか? 僕たちの髪に何か秘密があるんですか?」

「何も聞かされていないようだな。大丈夫。嫌でも街へ行けば分かる」
 



三人を乗せたボートは、河岸に到着した。

遠くに、小さな門が見える。

「日が昇る前にあの門を潜らなければ、お前たちは捕まる」

ガスマスクとボートを河岸にある砂山に隠し、三人は街へ向かった。

辺りを見渡しながら走る三人。リノとテッセンは見知らぬ土地に足を踏み入れた。

しかし、目の前には、これまでと変わらない砂漠地帯が広がっている。

「街は、あの丘の先にある」

目の前に現れたのは、横にいくつか連なっている砂山。

その頂上に人工的な建屋がある。

砂嵐から守るためか、石膏で造られた高い壁に囲まれている。この建屋が、街のシンボルのようだ。

出発してから、もうすでに9時間は経過している。

いくら子どもでも、さすがに最後の坂道はきつかった。

それでも文句を言わずについてくる二人を見て、彼女は少し微笑んでいた。

遠くから観ていた時より明らかに大きな壁。その入り口にある朱色に塗られた不思議な門が三人を出迎えた。

「合言葉を言え」

「合言葉?」

「そうだ。言えなければここを通されね。お前たち、『禊ぎ』とは何だ?」

「身体と心の中穢れを洗い流すことです」

「『右目』とは?」

「月読命にあられ、暦を司る者のことです」

「良かろう、入りたまえ」

合言葉が成功したのか、目の前の門が開いた。

その奥には、二人の想像を遥かに超える、見たことのない街並みが広がっていた。

「何だ、この世界は……? 地球にこんな綺麗な街があったとは……」

「信じられない……。信じられないよ、テッセン! 俺たち、脱出に成功したんだ!!」

二人は、無邪気に戯れ合い、互いを称え合った。

古くから伝わる日本の城下町。

それを再現したかのような建屋が並ぶ、砂漠地帯とはかけ離れた世界が、目の前に広がっていた。

しかし、よく見ると、自然を生かして造られたものではなく、いわゆる張りぼてで作られたものばかり。

藁葺き屋根に寄せた屋根、木造風の建物、地面。

全て人の手で描かれた見せかけの世界だった。

緑色を表現できる絵の具がないのか、葉っぱや草だけは描かれていなかった。

さらに遠くに見える丘には、城に寄せて造られた建屋もあり、そこへ向かって彼女は歩みを始めた。

「お前たち、絶対に物に触れるなよ」

リノとテッセンは辺りを見渡しながら、初めて見る城下町に心を奪われた。

カタカナで書かれた看板が並ぶ通りをひたすら歩く。

ここに書かれているのは、全て30年前にこの世界からなくなった食べ物。

かつての記憶を、人間が再現した見せかけの世界。

しかし、それすら新鮮に見える二人は、もう興奮せずにはいられなかった。

「リノ、俺たち、何かとんでもない世界に来てしまったみたいだな」

「うん。全て見たことのないものばかり。とにかく、すごい世界なのは間違いない。ただ、人の気配がほとんどない」

「みんな丘の上にいるんじゃないのか? 俺たちも早く行こうぜ」

そんな無邪気な二人を見て、彼女は微笑んでいた。

「頼もう! 帰ったぞ」

建屋の中へ入ると、すぐさま待人たちが現れ、三人を取り囲んだ。

「よく来たな。例のものは手に入れたか?」

彼女が麻袋から植物を取り出すと、待人たちは驚いた。

「本当に存在していたとは……。もしかして、二人は子どもか?」

「ああ。しかも、黒髪のな」

そう言うと、目を合わせる待人たち。

そして、彼女は、ターバンを外しながら、彼らにこう言った。

「二人を捕らえよ! これは高くつくぞ」

彼女の髪の毛は、金髪だった。川の油で作ったカツラをずっと被っていたのだ。

リノとテッセンは、そのまま牢屋へ連れて行かれた。
 



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早坂 渚
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