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傍聴席のカケラ|第14話|運命

「そうですか。彼女は逮捕されたのですね」

黒い池と大きな松の木を前に、神主とハジメは、神妙な面持ちで、話し合いを行っていた。

「はい。彼女の運命は変えられなかったようです。特に、千代さんともなると……」

誰が敵で誰が味方なのか。

二人はもう分からなくなっていた。

互いに、麻也と千代の未来が見えていた二人。

そのため、判断が難しい。

麻也がいなくなり、千代が逮捕される。この二人の未来は、最初から神の台本に書かれていたことではあった。

「ここまで苦しめられる運命を先に伝えたところで、まだ若い千代さんは何もできません。自害を選択する可能性もあります。しかし、ここから彼女の本当の試練が待っています。彼女はまだその内容を知りません……」

渦を巻く池の波紋を眺めていた神主は、目の前にいるハジメに目線を合わせた。

「だから、あまり彼女に先を教えないように、喫茶店でゆっくり話していたんです。じいさん、あなたが、千代さんを保護するって言っていましたよね? 霊視できないようにしたでしょ? 彼女のこれからのことが心配になって。困ります、そういうことをされてしまうと。私なりにフォローしたつもりですが、彼女はそれも見抜き、そこから抜け出してしまいました」

「……それで、彼女は、何かを察知したのですか?」

「分かりません、そこまでは。でも現在、彼女は、警察署にいます。まだ霊視が戻っていない状況であれば、これ以上、余計な詮索は必要ないでしょう。逆に、彼女の霊視が戻っていると仮定すると、麻也さんのことを考え、彼と関わりのあった警察官を読み解く可能性があります。どちらにしても、彼女には、不幸な道しか残されていません……」

ハジメは、お茶を口にした。

「ところで、ここからの事なのですが……」

「分かっています。千代さんが逮捕されたことで、本来逮捕されるべき人間が表に現れると。その人間は、無法地帯にあるこの占い業界を不安視させ、その後、世の中の視線を自分に向けさせようとする。ヒトラーと同じ考え方です。そいつを捕まえるのが私の役目。しかし、そうは言っても……」

ハジメは、池の波紋を眺めながら、自分の今後の運命を悟り、眉間にシワを寄せていた。

「分かっておられるなら、それで良いと思います。それに、麻也さんを救い出す使命もあなたにはありますから。使命がある者は、そう簡単には殺されません」

ボサボサの天然パーマの頭を掻きながら、ハジメは、何も言い返さなかった。
 



「18年前、警察官がこの墨田区内で殺されました。事件当日、数名の警察官が消火にあたりましたが、全員意識はなく、縄で操られていました。それを見た警察官の一人が、当時担当していた水晶術詐欺の団体に乗り込んだところ、そこから行方が分からなくなり、後日、遺体で発見されています」

「その後、事件を引き継ぎ、彼の部署に配属されたのが、花瀬麻也です。麻也は、そこから事件を追っていましたが、途中で捜査は打ち切り。しかし、麻也は、最近までこの事件を追っています。その捜査の内容が書かれた帳簿記録がこちらです」

警察は、麻也の帳簿記録から、現在起きている事件との関連性を示唆した。

「そして、被疑者である水島千代は、この墨田区内を中心に占い師として活動をしており、被害者と同居していたとみられます。被害者は、過去の事件と関わりを持つ人間として、被疑者である彼女に近づいた可能性があります」

「現在、彼の自宅で殺された被害者は、顔面を激しく損傷しており、特定が難しい状況です。この火傷も、18年前の被害者と一致しています。現在、DNA鑑定をもとに、被害者の身元を確認中です」

麻也が千代に近づき、過去の事件に関与している人物であるかを調査していたと説明する警察。

事実よりも、早期解決を優先する、警察の古い体制が垣間見える。

「この事件は早急に解決しなければならない。一連の事件と今回の事件は、重大事件として、警察に対策本部を設置する。それまで、事件に関する情報は、漏洩させないこと。いいな?」

事件は、墨田区警察署の管轄から、警察本部の管轄に移された。
 



「なぜ彼の自宅へ侵入した? ……何とか言いなさい! このまま黙っていると、余計、君のアリバイが危ぶまれることになるぞ」

私は、警察官から事情聴取を受けていた。何時間も俯いたまま、私は何も応えなかった。

厳しい表情と、机を叩く威力で威厳を保つ、ベテラン警察官。

昭和じみたそのやり方は、今の時代にも残っていた。

いくら脅しても言わない私に嫌気がさしたのか、ベテラン警察官は、椅子から立ち上がりウロウロし始めた。

すると、

「失礼します。少し早いですが、交替の時間です。代わります」

ベテランから少し若手の警察官に代わった。

すると、狭い取調室の空気が一変した。

彼は、私のほうへ体を傾けると、耳元でこう言った。

「大丈夫です。私は、花瀬麻也の部下ですので」

その言葉に、私は一瞬、顔を上げた。

彼から伝わる穏やかな雰囲気が、私の心を少しだけ楽にしてくれた。

食い縛っていた口元が緩み、息が出来るようになった。

しかし、ここは警察署。これも、彼らの常套手段かもしれない。彼が嘘をついている可能性だってある。

すると、彼は突然、こんなことを言い始めた。

「6時間の事情聴取の後で申し訳ありませんが、これから、また最初から同じ質問をしていきます。よろしいですか? あなたが私に話をしてくれるまで、この質問を永遠と繰り返すことになります」

「……」

「あっ、その前にトイレに? 分かりました。ご案内します」

私は何も言っていない。

その若手の警察官は突然、私の脇を抱え、無理矢理立ち上がらせた。

扉をノックし、扉の向こう側にいる警察官に鍵を開けるよう指示すると、私をトイレへ案内してくれた。

その行動に驚いた私は、ふいに彼の横顔を見た。すると、彼は一切、私に目を向けることなく、黙々と歩いている。

「ここで5分間だけ待つ。決して逃げるような真似はするなよ」

先ほどまでとは全く違う口調。不思議に思いながらも、私は、トイレの扉を開けて、中へと入った。

トイレに座ると、脇から一枚の紙が落ちてきた。

私は、すぐにその紙を拾い上げ、内容を読んだ。

「私が彼を連れ出すまで耐えてください」

紙から伝わるあの表情。これは、ハジメからのメッセージ。彼は、私の敵ではなかったということか。

「読んだら、このメモは流してください」

裏には、こんな内容も書かれていた。

「大丈夫ですか? 私の声は届いていますか? 残り3分で開けます」

麻也の後輩と名乗る警察官は、ハジメとも繋がりがある人間ということなのか。

私は理解したことを伝えに、扉のほうへ向かった。

「あ、ありがとうございました」

すると、ゆっくり扉が開いた。若手の警察官は、優しく微笑んだあと、再び険しい表情へと戻り、私は取調室へ連れていかれた。

「何度も言いますが、あなたが何も答えなければ、これから6時間、ずっとここから出れなくなります」

このまま何も言わなければ、私はここから出られない。

しかし、あの紙には、無実を証明するためにも、そのまま何も言わずに貫けというハジメからのメッセージが込められていた。
 



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早坂 渚
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