天満月オークション-女神の追憶-|第14話|大砲
かつて日本にあった砂丘。
ここだけ、砂の光り方や粒の大きさが違う。
不気味なほど風も吹いていない。
思うように進めず、車輪が持っていかれる。
「このままだと日が暮れるぞ。一輪車から降ろして、手で運べ」
大人たちは、ナルが指定した場所まで大砲を運ぶ。
その後ろから、太陽・雨・雪の形をした宇宙船も運ばれてきた。
大砲の設置場所が決まると、打つ角度を調整。方角はほぼ真北。黒い海へ向かって砲口を定める。
「実験とはいえ、あくまでガス雲をどこまで切り裂くことができるかを見る。もし、空を突き抜けることができれば、実験は成功だ。試験で使える球の数は3発。この3発は必ず海へ落とすこと。いいな?」
「「はい!」」
「まずは、60度の角度でセットしろ」
カチカチと音を立てながら動く大砲。
その音が周囲に響き渡る。
「それでは1発目、実射試験を行う。全員、砲弾の行方を見逃すなよ」
全員がガス雲に目を向ける。
「耳を塞げ!」
指示が飛ぶと、リノとテッセンは、急いで両手で耳を塞いだ。
昔ながらの火縄銃の方法で砲弾が放たれる。
空気を切り裂くほどの大きな発砲音。円形状に砂が飛び散り、リノたちに向かって飛んできた。
その勢いで砂地に埋まっていた大砲は、角度が下がり、低い角度でガス雲の端をかすめると、そのまま放物線を描き、そのまま海へ落ちていった。
その後、巨大な水柱が空高く上がった。
「こんな簡単なミスで、1発を失うとは……」
大砲を固定できていなかったという痛恨のミス。確認不足が仇となり、1発目は失敗に終わった。
「場所が悪いのかもしれない。しっかり固定できる場所がいいな。よし、場所を変えよう」
「待ってください!」
「どうしたリノ? 何か見えるのか?」
リノは、砂に埋まった砲台をじっと見つめていた。
リノがエネルギーを感じているかは分からない。だが、明らかに地中から何かを感じている。
「もう一度、同じ場所で打ってください。ここからエネルギーが出ています」
「分かった、1発だけだぞ。砲台を起こせ! さっさと準備しろ」
「砲身は真上に向けてください。砲弾はそのまま打ってください」
「真上!? 真上に向けたら、上から降ってくるぞ?」
「離れて見守れば良いんです! 僕を信じてください。大丈夫です」
直感で言っているのか、なぜか大丈夫と言い切るリノ。
ナルは、疑いながらも、2発目の指示をした。
火縄に点火する人間以外、遠くに離れる。しかし、なぜか、リノだけはその場から離れなかった。
「リノ! お前、死にたいのか?」
ナルの言葉には耳もくれず、リノは、一人集中していた。そして、リノが手で合図をした。
「どうなっても知らないぞ。……2発目、発射しろ!」
大砲が、真上に向かって、発射された。
今度は、ガス雲に向かって、一直線に延びていく。雲を見事に通過し、さらに奥へと吸い込まれていく砲弾。
しかし、空の向こうへ抜けることはなかった。
砲弾が戻ってこなかったのだ。
リノは、大砲の側から離れることなく、一点を見つめていた。
「リノ、危ない!」
テッセンは叫びながら、リノに駆け寄り、その場から離れた。
その瞬間、ガス雲に隠れていた砲弾が一直線に落ちてきた。
テッセンは、腰を抜かし、動けなくなっている。
しかし、リノは違った。
「回っています」
「……何て?」
「弾が回っているんです」
「弾が回るのは当然……」
ナルは、当然のことと言おうとしたが、その動きがおかしいことに気付いた。
ヒュンヒュンと音を立てながら、砂の上で回転している。
「これは一体……」
「エネルギーです。地中から出ているエネルギーに反応しているんです。砂と砲弾の間にエネルギーの層が見えます」
先ほどより、砂がキラキラと輝いているのは、明らかだった。
「なるほどな。お前が言いたいことは、何となく分かった。大砲はここまでだ! これから、別の実験に入る。すぐ準備しろ!」
ナルは、リノの気持ちを汲み取り、雨の宇宙船を準備させた。
「宇宙船に人は乗せない。あくまで単体での実験だ」
砲弾と最も近い形をした、雨の雫形の宇宙船。
三つの中で最もバランスは悪いが、唯一、回りやすい形状をしている。この形がこの場所で飛ばすのに最も適していると考えた。
そもそも、これはあくまで実験。大したエネルギーは積んでいない。30年前に供給が止まった液体水素をかき集めて積んでいるだけだ。
20人乗りの比較的大きな宇宙船。
起動させれるギリギリの燃料。
「では実験を開始する。起動せよ」
起動させた瞬間、宇宙船が回り始めた。
「本当に回っているぞ」
しかし、異様な回り方をしている。
砲弾のように砂の上を回り続けた後、急に上下の向きが変わり、尖った先端部が地球を示し始めた。
少し回転が安定した頃、さらに回転が速くなった。
明らかに何らかのエネルギーに反応している。
その時、リノはある言葉を思い出した。
「かつて緑豊かな自然に囲まれていた日本。そこには、砂漠も存在していた。この二つの国を繋ぐ『気』がそこにある。君なら、それを掴めるかもしれぬな」
神殿の階段を登っていたときに出会った盲目の老婆。
クルクルと回り続ける雨型宇宙船を見ながら、老婆の言っていた言葉の意味が分かった。
老婆は、この砂漠のことを言っていたのだ。
宇宙船は、古代の気に反応してエネルギーを受け取り、ずっと安定した状態で回っている。
そして、そのまま砂地から少しずつ離れ、宙に浮き始めた。
「カムヌ様、不思議なことが起きています。宇宙船の燃料が減っていません。これは一体……」
地中と繋がる宇宙船のエネルギーが、少しずつガス雲のエネルギーと繋がり、そこに光の柱が立ち始めた。
「これが古代の気というものか……。これに大砲を放てば、宇宙船がガス雲を越えられるかもしれない。急いで大砲の準備に入れ!」
3発目の大砲。
リノとテッセンは、大きく目を見開いた。
「俺たち、このまま宇宙へ行くことができるかもしれないな」
「あぁ。昔からあるエネルギーは、人間の味方なんだ。あのガス雲を抜けられれば、僕たちは自然豊かな場所に住めるんだよ」
二人が話している間も、宇宙船の動きは安定している。雲に向かって、どんどん浮いていく。
住人たちの笑顔と活気も溢れ始めた、その時だった。
遠くから鳴り響く、低いエンジン音。
ナスカたちを乗せた戦車がこちらへ向かってきていた。
さっきまで上昇し続けていた宇宙船が、急に不安定な動きをし始めたのを、リノは見逃さなかった。